インセカンズ
「約束は、どっちかが結婚するか飽きるまでだったよな。これからの事はアズに任せるよ。俺からはしないから、やりたい時はアズの方から連絡してこいよ」

安信はそう言って立ち上がると、喫煙コーナーへと姿を消した。

もう代わりは見つけてあるってことですか? 緋衣は、彼の後ろ姿を見つめながら心の中で嘯いてみる。けれどもすぐに、マスコットごと組み合わせた両方の手をさらに握り締めて俯く。

最初から身体だけの関係だと割り切っていたのに、本気になったのは自分だ。だから泣かない。安信にとっては始めから冗談だったのだから、そんな相手の為に流してやる涙なんかない。

震える唇を紫色になるまで噛みしめて、今にも溢れそうになる涙を懸命に堪える。

いい年をして、恋愛の為に満身創痍でなんて戦えない。戦ったその先に道が拓けているのかも分からないのに、そんな醜態はさらせない。けれども、安信はそれを良しとしないのだ。緋衣には、どうしても自分のプライドを捨てられない。亮祐からのプロポーズを受けたのだって根底にはそれがある。傷付くことへの恐れから、逃げ出したのだ。

緋衣は、すん、と鼻を啜ると顔を上げて正面を見据える。大きく一呼吸して立ち上がると、握り締めたままのキャラクターグッズをジャケットのポケットに仕舞い込んで部署へと向う。

会社にプライベートは持ち込まない。一度決めたら、後はそれに従って行動するだけだ。緋衣は、自分の意志が強いことを知っている。



< 128 / 164 >

この作品をシェア

pagetop