インセカンズ
「まぁ……、いいけど。いつもと違った景色で気分転換になるし」

それまで、特別縁がなかった相手から突然相談事を持ち掛けられても困ってしまうから、用がなければそれはそれで良い。

「アズはもう煙草吸わないんだ?」

「うん。たまに吸いたくなるときはあるけど、もうずっと吸ってないな」

新入社員の社員研修の合間に、何度か山崎と喫煙室で顔を合わせたことがあって、それを二人は覚えていた。緋衣はそれきり禁煙をして現在に至る。

「もう6年、7年目に入るんだっけ? あっという間だったな」

「そうだね。やっと余裕が出てきたってところかな」

「……なぁ、アズ」

山崎は緋衣を呼ぶと、短くなった煙草を灰皿に押し付けて火を消す。日差しを遮るように緋衣の隣りに立つと顔を覗き込んだ。

「……どうしたの?」

縮まる二人の距離。だんだんと近くなるにつれ、山崎がさっきまで吸っていた煙草の匂いに気がつく。鼻と鼻とがくっ付きそうなくらいにまで顔が近付いて、緋衣はそこで漸く口を開く。

騒ぎ立てることも退くこともしない緋衣の態度に、山崎は自嘲気味に笑う。

「アズって一見優等生だけど、妙に男慣れしてるよな。普通の女なら、俺が隣りに立った時点で警戒し始めるけど。慣れているっていうより、無防備なのか」

「人を抜けてるみたいに言わないでよ。相手が本気かどうかくらい、見極めつくわよ」

「そうかぁ? アズ、抵抗しないからこのままいけると思ったけど」

「冗談。今のなかったことにしてあげるから、ヤスさんとの間に何があったか聞かせて」

「別に人さまに言うほどの事なんてねーよ。俺が勝手に憧れて追いかけてたっていうだけ。単なる逆恨みってやつ」

山崎はそう言うと、手摺に背中を凭れかけた。
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