インセカンズ
「……アズ、煙草吸うようになったのか?」

「え?」

「結構キツめのやつか? 髪に匂いついてる」

「いえ。私は吸ってませんけど」

緋衣が言ってからはっとして安信を見ると、彼は閃いたように非常階段の入口へと視線を走らせる。

「アズ、これからの予定は?」

「え? 急ぎのものはないですけど」

「じゃあ、ちょっと俺に付き合ってくれ」

安信は会議室の鍵を開けると、緋衣に先に入るように促し、彼女の後に続くと後ろ手で鍵を閉めた。

「……え?」

鍵が掛けられた音がして振り返ると、安信がすぐ傍まで来ていた。彼は、ついさっき山崎に引き寄せられた方の緋衣の手首を掴んで自分の口元に運ぶと、真偽を問うかのように厳しい目をして彼女を睨む。

「なんで嘘を吐く? 手にも煙草が残ってる」

「それは……」

言ってしまえばいい。安信に対して後ろめたいことなど何もない。もう関係は切れたも同然だし、そもそも恋人だった訳じゃない。

「誰を庇っている? 他にもいたんだな。優等生のふりして、やることやってたんだ」

安信は軽く舌打ちをする。

「ちがっ! もう放してください!」

どうして責められているのか分からない。ただ、いつもの安信と少し違う気がして恐くなる。

「あんま大きな声出すなよ。他の会議室も使用中なんだから」

安信は、緋衣の腰に腕を回して抱き寄せると口封じのように唇を塞ぐ。彼女が逃れようといくら安信の胸を叩いてもびくともせず、逆にその手は捕まえられてしまった。唇の輪郭をなぞるように舌先で擽られ思わず口を開けば、すかさず安信の舌が侵入してきて緋衣のそれを絡めとる。口内をくまなく探るように暴れまわった彼の舌がようやく出ていった頃には、緋衣は自分の足で立っていることすら儘ならなくなっていた。

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