インセカンズ
「その見た目で言われても、誰も信じないですよ」

「顔は親に言ってくれ。ワイン冷やしておいてやるから、その間にシャワー浴びてこいよ」

安信は、聞き飽きたと言わんばかりに適当に返事をしながら立ち上がる。その背中に向って、「辛口希望です」と緋衣が言えば、

「了解。覗かれたくなかったら、しっかり鍵かけろよー」

と、振り向きざまに思わせぶりな笑みを浮かべながら、抑揚のない言い方をする。
緋衣は、そんな彼がおかしくなって内心くすりと笑う。
相手にされてないの丸分かりだし、社交辞令なら必要ないのにと緋衣は思う。

「もしも見たいんだったら、どうぞ。一応、鍵は閉めないでおきますね?」

緋衣は、キッチンカウンターにいる安信に向って、唇の端をきゅっと持ち上げて含み笑いをして見せる。
すると、安信は、一瞬言葉を失った後、大きな口を開けて豪快に笑った。

「俺、アズの事だいぶ見縊(ミクビ)ってたんだな。優等生キャラは地だと思ってたけど、そんなテク持ってるとか。どっちが本当のおまえだ?」

「そういうのって、受け手の取り方次第じゃないですか? どの私も、たぶん私です」

「たぶん、ね」

「たぶんです。じゃあ、お先にお借りしますね」

緋衣は、空になったタンブラーをカウンター越しの安信に手渡す。
カウンターを通り過ぎる時には僅かに緊張が走ったが、引き止められる事はなかった。
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