インセカンズ
「あのさ、アズ。これまでの会話、いったい何だと思ってたの? 鈍すぎなんだよ」

安信は言いながら、緋衣のグラスに自分のグラスを軽く合わせて音を立てて乾杯すると、中身の半分程を一息に空ける。

「だったら、ヤスさんのせいですよ。口説くときって、普通はそんなにぺらぺらしゃべらないものですよね? 私次第っていうのは、そういう意味だったんですか」

「試した訳じゃないけどな」

安信はそこで一呼吸置いて緋衣を見ると、言葉を選ぶようにして徐に話し始める。

「そもそもが、今日は直帰の予定だったろ、俺。用事あって社に寄ったらミチルに捉まって、飲み会誘われたんだよ。アズの様子が最近違うの気付いてるかって聞かれて、確かに出張行く前から顔色悪かったなって言ったら、話聞いてやってほしいって頼まれたんだよ。

 ミチルには言うなって言われてたけど、あいつの為に敢えて言うよ。今日アズを誘った真相はそれ。アズは上手く隠し切れてるつもりかもしんねーけど、ミチルはおまえをよく分かってる。いつも一緒にいる自分よりも、俺くらい距離がある人間の方がアズは話しやすいんじゃないかってさ」

安信が一呼吸吐いた時、醸し出す雰囲気が変わったのが分かった。だから、何か大切な事でも相談されるのかもしれないと身構えた緋衣だったが、蓋を開けて見れば自分の心配をされていた事に、今にも卒倒しそうになった。

上手に自分を繕えていると信じていたのは緋衣だけで、周囲には気付かれていた。それも、気付いていながら緋衣の性格を考えて、敢えて触れてこなかったという訳だ。そう思うと、己の未熟さから恥ずかしさが込み上げてくる。要するに、周囲に気を遣ったはずが、逆に気を遣われたのだ。

それでも緋衣は平静を装って、考えごとをするようにグラスを回しながら黙って聞いていたが、暫くして口を開く。
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