インセカンズ
緋衣は、鼻孔を擽る爽やかなグリーンの香りに気付く。ぼんやりした意識のまま右手を動かすと、掌にはさらさらとした生地の感触が伝わってくる。

シーツ……? 柔軟剤、変えたっけ?
そう思いながら、覚えのない香りの所在を突き止めようと何度か呼吸を繰り返していると、今度はどこからかコーヒーの香ばしい香りが漂ってくる。

まだ覚醒しきらない脳裏に、ふと亮祐の顔が浮かぶ。
けれども次の瞬間はっとして、閉じていた双眸をぱちりと開いた。
そのままゆっくりと視線だけで周囲を見渡す。この部屋にいるのは緋衣一人だった。
両手を動かして、胸の辺りと太腿を探れば、スエットの上下はちゃんと身に付けたまま。

「うん……。やってない、な」

身体に違和感はなかった。

セーフ!
緋衣は、ほっと胸を撫で下ろす。
ベッドから下りると、リビングに繋がるドアを開けた。

「おはよー……ございます」

リビングでは、ソファに腰かけた安信が膝の上でタブレットを操作していた。

「おはよアズ。昨日はどーも」

にやり、と目を眇める安信を見て、やはり何もなかったのだと確信する。

「こちらこそ、お世話になりました」

緋衣が言えば、安信は苦笑いする。

「何だ。引っかからなかったか」

「自分の身体のことくらい分かります。洗面所、お借りしますね」

「おう。戻ってきたら朝飯にしよーぜ」

安信の言葉に背中越しに返事をすると、一旦リビングを出て、洗面所の扉を開ける。

洗面台の前に立つ緋衣は、鏡に映った自分の顔を見て、あれ?と首を傾げる。明らかに顔色が良い事にすぐに気が付いた。

昨夜、安信と二人でワインを3本空けた辺りから、酔うよりも先に睡魔が襲ってきたのを覚えている。彼のピッチの速さにも驚いたが、出張帰りのはずなのにいくら飲んでもケロっとしている姿には脱帽だった。
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