インセカンズ
「ヤスさんなら、もっと色々上手にできそうですもんね」

「確かに、俺ならもっと上手く根回しできるだろうけどな。って、前にも言ったろ。案外不慣れだって。勝手に想像されて思いっきりハードル上がってんだよ。どんなテクニシャンだと思われてるんだかしれないけど、俺のポテンシャルなんてそう大した事ないからな」

ぼやく安信に、緋衣は思わず笑ってしまう。

「モテ男にも悩みはあるんですね。でもそれって、嘘でもこれから口説こうとしている相手に言いますか、普通」

「最初からハードル低い方が、あとあと好都合だろ」

「姑息ですね」

「営業と同じ。使える手は何でも使うさ。落としたらこっちのもん。文句は言わせねーよ」

煙草の灰を灰皿にに落とし、にやりと笑ってみせる。

「それなら私も……。口先だけじゃない強気な男性は好きですよ」

緋衣が思わせぶりに微笑んだところで、カクテルが運ばれてくる。緋衣はマイアミ、安信はソルティー・ドッグで乾杯をした後、安信はグラスに唇をつけようとして堪らず苦笑を洩らす。

その姿に緋衣が首を傾げると、安信がようやく口を開く。

「カクテル言葉って知ってる?」

「ブルームーンとか、ギムレットくらいなら」

「じゃあ、マイアミは? 知らないか」

「どんな言葉なんですか?」

「‘天使の微笑み’。俺には、さっきのアズが小悪魔の微笑みに見えたけどな」

緋衣が問いかけるなか、安信は、未だクククッと喉の奥を鳴らして笑いを堪えている。
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