インセカンズ
「ホント、やめてください。その手の冗談。もしも冗談じゃないんだったら、そう言ってくださいね」

「だから前も言ったろ、アズ次第って。つまり、俺はアズからの返事待ちって訳」

本気とも冗談とも取れない安信の表情は、相変わらず緋衣を惑わせる。

「社内の女子には手をつけないんですよね?」

「だから、アズは例外中の例外ってこと」

「……そう言って、何人誑かしてきたんですか?」

緋衣は少しいらいらしてくる。相手の気持ちが読めないというのは、こんなにも心もとないものなのだろうか。

「ホント俺、信用ないんだな」

安信の声にほんの少し陰りが宿るが、緋衣は気付かない。

「私の経験上、ヤスさんみたいなタイプで遊び人じゃない人はいなかったですよ。営業で仕事ができて口が上手い男は、プライベートでも器用です」

「それはアズのトラウマか?」

「いいえ。幸い、私はまだそういう相手に当たったことはないです。始めからお互い割り切ってというのならありましたけど。ただ、痛い目見てる子は何人も知ってます」

緋衣には、深入りしてぼろぼろになっていく友人を間近で見ていた過去がある。今では、平凡でも穏やかな男性と結婚して幸せな家庭を築いているが、その頃の彼女に何もしてやれなかったという後悔と経験から、結局好きになった方が負けだという概念が深層に焼き付いたのは確かだ。
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