インセカンズ
「ちょっと、のんびりしすぎたな」

二人がバーを出たのは、最終の新幹線が出発する15分前だった。駅までは目と鼻の先の距離ではあるが、少し早足気味で向かう。

「この短時間で、アズ、何杯飲んだ?」

「3杯ですかね? ヤスさんと同じです」

「ホント、ピッチ早いよな。アズなんて、全部ショートだし」

「美味しかったですよね。タクシーの運転手さんに感謝しないと。あ、ヤスさん、先に行って席取っといてくれませんか? 私、コインロッカーにスーツケース取りに行ってから追いかけます」

「おう。じゃあ、席確保したら連絡する」

駅構内に入り、一旦安信と別れた緋衣は、週末の夜という事もあり混雑する人混みを縫うようにして目的地に向かう。

ロッカーからスーツケースを取り出して新幹線乗り場へと急ぐ中、どこからか聞き覚えのある女性の声がふと耳に入ってくる。

鼻にかかったような甘い声は、後方から聞こえてくるようだった。段々と近づいてくるそれに、緋衣の緊張は高まってくる。

まさか……? 
半分、祈るような気持ちで耳を澄ましていると、声はすぐそこまで来ていた。

「リョウスケさん、この前話してた新しいお店、行ってみません?」

何度も口にしてきたその呼び名に、緋衣は、思わずびくりと身体を震わせる。

あまりの予期せぬ出来事に、頭は混乱してどうして良いのか分からない。緋衣は、行き交う人の列を外れるとそっと振り返ってみる。

すぐ横を通り過ぎていったのは、2ヵ月振りに目にする恋人の姿だった。
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