インセカンズ
茫然と二人の後ろ姿を見送ったのも束の間、緋衣ははっとして携帯を取り出すと亮祐にコールする。

段々と遠ざかっていくその後ろ姿は、確かに何かを気にしてジャケットの胸ポケットの辺りを窺った気配はあったが、すぐにその手は戻された。

不安に鼓動が早鐘を鳴らすなか、冷静さが戻ってくる。
亮祐が住むマンションはこの駅の近くだから、彼がここを通ってもおかしくはない。けれども、緋衣が知っている亮祐なら、トラブル処理が終わったのならすぐに電話を寄こしてくれるだろう。ましてや、今夜は緋衣がこの地を訪れている事を知っている。浮気が事実だとして、下手を打つマネはしないだろう。

「…………ッ!」

当然震え出した手のひらの中の携帯に、緋衣はびくりとして落としそうになる。呼び出しは安信からだった。

「6号車で席取れたから。急げよ、アズ」

「――はい! 急ぎます」

気持ちを切り替える為に腹から声を出せば、何も知らない安信から「声、うるせーよ」と苦笑いが返ってきて、緋衣も釣られて少しだけ笑顔になる。

無事に新幹線に乗車した緋衣は、何事もなかった顔をして安信の隣りに腰を下ろす。行き同様、彼は当然のようにスーツケースを上の棚に片付けてくれた。

「飲んですぐ走るの、良くないですね」

「そりゃそうだろ。眠くなったら寝ていいぞ」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

眠くはなかったが、緋衣はそう言うと目を閉じる。瞼の裏に蘇るのは、緋衣に気付く事なく横を通り過ぎていった亮祐の横顔。

耳の奥にこだまするのは、舌ったらずな女の声。明らかに緋衣より若かった。洗練されてはないが、まだあどけなさが残る可愛らしい顔立ちをしていた。
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