インセカンズ
「男の前でシャツ一枚しか身に付けてない状況で、よくそこまで煽れるよな。アズって、本当は自分に自信あるだろ」

安信はドア枠から体を起こすと、緋衣がいる洗面台へと足を向ける。緋衣の前に立ちはだかり、人差し指で彼女の顎をくいと上げる。すぐに二人の間には不穏な空気が漂い始めるが、次の瞬間、緋衣はやわらかく微笑む。

「ヤスさんがちょっと驚かしてやろうかっていう軽い気持ちなのは分かります」

緋衣が言えば、安信は吐息混じりに笑う。

「アズこそ、怯みもせず睨み返してきたと思えば、よくそこでそんな顔できるよ。いつも俺が思っている斜め上をいくんだよな」

彼女の顎から手を放すと、今度は手の甲でそっと頬を愛でる。

「もしかしたら、私の対応次第ではそのまま押し倒すつもりだったんですか?」

「それも悪くなかったな。昨日のアズ可愛かったし、おまえのイイところは大体把握したしな」

「そういうの、モテる男の特徴ですよね。体の相性がちょっと良かったりすると、自分が次誘えば相手も靡くと思ってます?」

「アズは良くなかったのか?」

安信は彼女の顔を覗き込む。
緋衣が答えなくても、分かっていることだろう。喉を嗄らすまで喘いで、何度も果てを見させられた。

「……今までで一番良かったですよ。でも一度だけって約束です」

誘いを受けた時から、そう決めていた。プライベートを会社に持ち込むつもりはない。そういう理由で社内の男性からの告白を何度か断ってきた。

「ここにいる以上まだそれ続いてんじゃないの? それとも今になって後悔してきたか? 一度だけなら許されるとか思うなよ。一度やってしまえば、あとは何度やろうと同じだ。要は、一かゼロかなんだよ」

安信が厳しい目をする。まるで、緋衣の考えは甘いと言わんばかりに。

「分かってます、それくらい。あんまり責めないでください」

緋衣は安信の手を払い、ついと視線を反らす。
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