インセカンズ
その週の金曜日。まだ完全に日が落ちる前の夕暮れ時、安信の寝室のベッドには、情事を終えたばかりの彼と緋衣の姿があった。

二人共それぞれ午後から外出して直帰の段取りでいたが、予定よりも早く仕事が終わった安信が緋衣に連絡したところ、彼女の方も同じように時間を持て余していて、落ち合う事になった。

「直帰だって言って出てきたのに、就業時間内からこんなことしてたのバレたらどうしよう……」

緋衣は、ごろんと横向き寝返りと打つと、ぽつりとつぶやく。
そんな彼女に、安信は、ハハっと笑う。

「バレるって誰にだよ? たまのご褒美って事でいんじゃないの」

「みんなはやっと会社出る頃かなって思うと、良心が咎めますけど」

「彼氏でもない男とこんなことできるのに、アズはやっぱ根本は真面目なんだな」

安信が緋衣を包み込むように後ろから抱き締める。

「そうですよ。今はちょっと羽目を外しているだけで、本当の私じゃないんです」

緋衣は、回された腕にそっと手を置いて目を閉じる。知ってしまったこの腕の逞しさ。身体はあっという間に馴染んでしまった。それこそ、もうずっと前から身体を重ね合っている恋人のように。

「それ、今さら純情ぶっても遅いし。一見、育ちの良い優等生が実は奔放な女だったなんて、男は喜ぶだけだろ」

「ヤスさんには、もう何て言い訳しても通用しないですよね」

「そうだな。俺、もう、アズの隅々まで知ってるし」

「そういうの、聞きたくないです」

緋衣は閉じていた瞼をゆっくり開けると、彼の腕の中からするりと抜け出しフロアに足をつく。落ちている下着とブラウスを手に取った。

「もう帰るのか?」

「はい。やることやったし、ヤスさんも自分の時間があるでしょう?」

疑似恋愛の時間は終わりだ。セフレはセフレらしく、立場は弁えている。

「何度抱いても頑なだな、そういうとこ」

何と言われてもいい。これが緋衣のやり方だ。こうして安信と会う事で傷付いている誰かがいる。それを分かっているのに、差し出された手を拒むことができない。だからせめて、引く時は潔く引ける自分でいたい。
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