天才に恋をした

ベルギーから兄貴一家が来てくれた。


空港で出迎えた瞬間、心の底からホッとした。

とりあえず、兄貴たちの滞在するホテルへ向かった。


「いや、もう。大雅(たいが)が騒ぐ騒ぐ!あ~あ、よっこらしょ」

「すみません。年末休みなのに…」


義理姉が快活に答えた。

「いいのいいの。リーグブルなんて、こんな機会でもないと来れない来れない。しばらく役割交換しよ。ワタシは苗、真咲は大雅」


大雅は、兄貴の息子だ。

山岳部だった兄貴と義理姉の影響で、高い山を見ると興奮するらしい。

兄貴も負けずにテンションが高い。

「俺らはスキーやるよ。ここまで来てやらずにいれるか!真咲も来いよ」



だけど、苗から離れるのは気が進まない。

俺が渋っていると義理姉は言った。


「夫婦生活は長丁場だよ。付かず離れず、低空飛行。これが一番いいの」



久々に日本語で会話した。


こじんまりした談話室で、気取ったホテルマンに紅茶を入れてもらう。

インスタントコーヒー以外飲むのも久々、

ヒトにもてなされるのも久々だ。


兄貴と大雅が、ロビーから出て写メを撮っている。

それを眺めてたら、情けないけど泣きそうになった。


義理姉が静かにカップを置いた。

「疲れちゃったか…?」


涙を飲み込んで、答えた。

「苗は…俺がいないとダメだと思うこともあるし、逆に俺が苗がいないとダメだと思うこともある…だけど、俺らはどっちも不完全過ぎて、お互いがお互いを支えきれない」


いつかの苗の姿が目に浮かんだ。



本当は出来ない!何にも出来ない!出来ないの!

でもやらないといけない!

でも怖いの…!





義理姉が言った。

「エベレストに登った時、アタック隊に選ばれたんだ。これは三十人のうち四人しか選ばれないんだよね。

その三十人だってさ、選抜に選抜を重ねてよ?その三十人。

それでも頂上にいけるのは、たった一人か二人よ。

私はすぐそこに頂上が見えてたけど、体力のあった仲間に譲ったんだ。

私が登ってたら、日本人最年少登頂者だったんだけどね。

だけど、それは負けを認めたんじゃないよ。

仲間や自分自身を認めてあげたの。

否定するところから入ると、絶対に遭難するよ。

認めて認めて認めきって、そこからルートを探して、コツコツ登るなり、休むなり、下山するなりすればいいんだよ」


「今の俺の実力じゃ、ふもとウロウロしてるだけで終わりそうで」


「頂上に登ることより、生きて帰ることの方が大事。だから、休みなって言ってるの。そしてアタック隊もいつかは下山してくる。その時にキャンプが張られてなかったら、一貫の終わりだよ」


兄貴たちが戻ってきた。

「さぁ、我がイモウトの見舞いに行こうではないか」

「苗ちゃんとこ、オレも行く~!」


大雅が飛びついてくる。

すっげー重くなった。


これが、命の重さだ。

世界中で今も失われてく命がある。


俺は、自分ばっかり見てた……
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