キミのその嘘つきな、
指輪をなぞる幹太の右手は、依然として私の手を壁に縫い付けたままだったが、左手は離すとゆっくり私の滲んだ涙を拭うと、そのまま唇まで下ろして止まる。
目が離せなかった。
此方からは表情がよく見えない。でも幹太からは私の表情が見えているはず。
幹太は私の唇を、親指でなぞった。
まるで、何かの儀式かのように、優しく。
幹太が作るお菓子は、こんな優しい扱われ方をされているのかな。
――こんなに繊細な指先だったのだと、金縛りにあったかのようにその指先の感触に全神経を集中させてしまった。
「栗餡、付いてたぞ」
唇をなぞり終えると共に、幹太は私の手の拘束も離した。
カバンの中のスマホが震えだす。
――まるで私の心を見透かすかのように。
「あ、りがと。お祝いも、――ありがと」
「ん」
短く答えただけで、彼はまた私に背を向けた。
そのまま階段を上っていく。
雲が晴れて、幹太は夜空に突き刺さるように浮かぶ三日月の隣を歩いて行く。
階段を降りれば、彼が待っている。急いで向わなければいけない。
何で、――幹太は意地悪なんだろう。
キミのその嘘つきな背中は、いつも私たち二人から遠ざかっていく。
幹太と月が消えるまで、私はずっと見上げていた。
押し付けられた背中と、指輪と唇をなぞった感触は二人が消えても、熱を帯びて残っていた。