脳電波の愛され人

銀髪の姉妹

おにーちゃんは言っていた。
「生き物は必ず死ぬものだ。ずっと生きていていていいものなんてない。だから子孫や記録を残して、自分の生きた証を残すのだ。」と。
だから僕は人が、死んでも驚かなかった。
おにーちゃんは言っていた。
「何をやっても形跡がなければその事は無駄になる。」と。
僕は果たして生きた形跡を残せたのだろうか。多分残せたのだろう。
すぐに消えてしまうだろうけど、僕と関わったみんなの記憶に。……少なくとも妹の記憶には残すことができただろう。

体がなぜかふわふわしている。
僕は、不安定で今すぐここから逃げ出したい気持ちにかられた。
しかしそれも、つかの間で消え去った。この場所に早くも慣れてきたのだ。
「妹の罪を貴方は背負いますか?」
どこからか、暖かい少しかすれた、おばあさんの少し若くした感じの声が聞こえた。
もちろん僕の答えは決まっている。「いいえ」だ。
「もちろん言わなくたっていいのよ。答えは『はい』よね。わかっているわ。……さっき『い』という文字が聞こえたのは、『イエス』と言おうとしたからよね?」
……まさに僕が「いいえ。」と言おうとした瞬間だった。はじめの「い」の文字を言ったところで声を被せられたのだ。
僕はもう一度言おうと、「いいえ。」という言葉を言おうとした。だけどその言葉も「い」で強制的に終了した。
「そう。『イエス』。……出来れば『はい』と答えてほしかったのだけど、了承が得られたのならそれでいいわ。じゃあサヨナラ。」
そう言って声はどこかにいってしまったのか、何度「いいえ」と言っても返事をくれなくなってしまった。
……強引だ。あまりにも強引すぎる。
姿も見せないで声だけ発して、しかもこちらの言葉を一文字しか聞かないなんて。
しかしすぎたことは仕方がない。妹の罪を背負うことにしよう。
そう思えてしまうのはあまりにも僕らしくない気がした。しかし、それでもその思いは正論だろう。
しばらく時がたち、そのふわふわした感覚が身に負担を与えなくなった頃、僕の周りにはいつの間にやら人がたくさん座っていた。
膝を抱え込んで座っている人もいれば、手足を放り出して座っている人もいる。
みんなに共通することといえば、みんな無表情で、静かで、そしてみんななぜか白い服に黒いズボンをはいていた。
いつの間にかふわふわした感じもなくなって、僕も膝を抱え込んで部屋の端の方に座っていた。
さっきまで黒かった壁が、いつの間にか薄汚い木製の壁に変わっていた。いや、元々木製の壁で、暗くて黒色に見えただけかもしれない。
この部屋には窓がなく、鎖を巻かれて何重にも鍵をかけられているドアが数個あるだけだった。
僕は立ち上がってあのドアの方へと向かおうとした。
立ち上がるだけでギシギシなる床はどうかと思うけど、それは無視した。何十人の人が乗っても壊れないのだから大丈夫だろうと思うけど。
僕は歩こうと足を前に出そうとした。しかしその足は何かに引っ張られ、もとの位置に戻ってしまった。足を見ると、いつの間にか足には鎖がついていた。
僕はため息をついて座った。これじゃあ歩くこともできないじゃないか。
周りの人たちにも足錠が着いていて、歩けないようになっていた。そしてそのことをもうすでに知っているようで、立ち上がろうともしなかった。
「皆さん、聞いてください。」
突然声が響いた。とても綺麗な、透き通った声だ。
僕は特に気にせずにしばらくぼーっとしていたが、その人のわざとらしい咳払いが聞こえてきたので、仕方がなく顔をあげた。
ちょうど真ん中にあるドアが開き、そこには綺麗な銀色の髪をした人が立っていた。
銀色の髪は肩より少し長めで切り添えられていて、目はぱっちりしている。色は海くらい深い青色に、少しピンクを足したような感じだった。
どこか幼いという印象を受けてしまうのは、前髪が眉より上で切り揃えられているせいなのだろうか。
みんなは体制も表情も変えずに、目だけをチラリと銀色の人の方向に動かした。しかし、「なんだ、お前か。」とでも言いたげに視線をまた元の場所に戻した。
「あー!今、私のことを馬鹿にしたでしょう!あなたたち、罪人の癖に私を馬鹿にしたでしょう!絶対に許しません!私を馬鹿にする人はパンチ百連発です!」
銀色の人は勝手に騒ぎながら、ギシギシ軋む床を歩き、近くにいた髪の毛の茶色いあまりぱっとしないお兄さんの前でしゃがんだ。
お兄さんは話を聞き流していたのだろうか、何で自分の前でしゃがんだのかわからないとでもいうように首をかしげた。
銀色の人は手を思いっきり振り上げ、パンチをくらわせた。
バキッと、どこかおれるような音と共に、殴られたお兄さんは体を地面に強く打ちつけた。
お兄さんはビックリして悲鳴をあげ、あがくように匍匐前進で逃げようとした。しかし足錠のせいで、逃げることができなかった。
「馬鹿にするからいけないんですよ!」
そういって銀色の人は、そのお兄さんにパンチをもう一発くらわせた。
ビキッと、またどこか折れたような音がして、お兄さんはうつ伏せに倒れこんだ。そして、耐えられない痛みにおそわれたかのようにうずくまった。
「汚い床に顔をくっつけて、嫌じゃないのですか?嫌だったら今すぐ謝りなさい!」
怒鳴り声が響きわたった。お兄さんは必死に謝ろうと口を開いているのだが、口をパクパクしているだけで、声が出ていなかった。恐らく力が足りず声帯を震わすことができないのだろう。
「そこまで私を馬鹿にするのですねっ!わかりました!
あと九十八発、歯をくいしばってください!」
銀色の人は勘違いをして、殴りかかろうと腕を振り上げた。
僕は耐えきれなくなって、思わず立ち上がってしまった。
ジャラッと足錠がなり、床は相変わらずギシギシと軋んだ。
いい具合に沈黙が広がり、銀色の人の視線が僕に向いた。
僕が言う言葉を決定した頃には、みんなの視線が痛いほど僕に注がれていた。
「あの、もう許してやってくれる?多分彼、反省してるから。」
僕は勇気を振り絞って出来るだけ笑顔で言った。笑顔になっていないと思うけど。
軋む床も空気を読んだのか、ギシギシいわなくなった。視線が音が全くないせいで、普通の何倍か痛く感じた。
銀色の人はゆっくりと立ち上がると、静かにこちらの方向に足を向けた。
口調が少し生意気かと思ったが、銀色の人が彼から離れたのでよしとしよう。しかし、問題はこのあとだ。
銀色の人はゆっくり僕へと足を進めた。僕の心臓は自分にも聞こえるほどバクバクいっている。嫌な汗が僕の頬を伝う。僕は殴られる覚悟を決めて、銀色の人をじっと見た。
銀色の人が僕の前に立った。遠目からだと身長が小さく見えたのに、いざ目の前に立たれると、僕とそんなに変わらなかった。僕は目を瞑った。いわゆる現実逃避というやつだ。
しばらく時間がたった。しかし、いつまでたっても痛みが走らない。僕は不思議に思い、ゆっくりと目蓋を開いた。ちょうどそのときだった。
銀色の髪が僕の視界を横切ったかと思うと、ふわっとした暖かい感覚が僕を包みこんだ。微かにするメープルシロップの香りが僕の鼻に呼吸を通してくっつき、僕を若干の空腹状態に追い込んだ。
そう、僕は今銀色の人に抱きしめられているのだ。
「決めました!私、この人にします!」
僕の耳元で発せられたその声は、僕の鼓膜を突き破るかと思うくらい、明るく大きな声だった。
僕は首をかしげた。僕は何に選ばれたのか、わからなかったからだ。
銀色の人は僕が首をかしげたのに気づいたのか、ゆっくりと僕から離れた。
「あ、そうでした。まだみなさんにお話していませんでしたね。」
銀色の人はニコリと笑って真ん中にあるドアに戻ると、みんなの方を向いた。相変わらず床はギシギシいっていたが。
僕もゆっくりとしゃがむと、膝を抱えて座り込んだ。周りから視線を送られたが、次第に弱くなり、視線は銀色の人の方に向いた。
「ここに集まっていただいたのは、罪をおかした人達だと思います。
本来ならば処刑の主人に渡すのですが、今回はこの中から私たちの護衛を選ばせていただきます。」
みんながざわざわと騒ぎ出した。近くの人としゃべっている人もいれば、好き勝手一人で呟いている人もいる。でも、恐らくみんな考えていることは「なぜ普通の人じゃなくて罪人の中から選ぶのか。」のひとつだろう。
しかし、その疑問もすぐになくなってしまった。
「うわっ、汚ねー。この中から選らばなきゃなんないのー?」
突然銀色の人よりも強めの声が響きわたった。聞き取りやすいが、怒っているように聞き間違えられるタイプの声だった。
いつの間にか左のドアが開き、そこには銀色の人とは別の銀髪の人が立っていた。
髪の色も目の色も銀色の人とあまり変わらないのだが、目の形が決定的に違っていた。彼女の半分閉じた目は一見のんびりしているように見えるが、口元に浮かべた不適な笑みは、そのイメージを一気にひっくり返している。
そして髪は腰くらいまであり、その髪をポニーテールにしていた。
着ている服が妹の好みの服と似ていたため少し妹のことを思い出してしまったが、あまり思っているともう二度と会えないことが悲しくなってくるので、すぐにその思いを振りきった。
「しょうがないでしょう。まともな人材は今や貴重な存在。父上がくださるとしたらいずれ処刑されるこの罪人たちだけなのですから。」
つまり、僕たちは「世間に必要ないから、自由に使っていいよ。」ということなのだろう。この人たちは誰でもいいから護衛が欲しいだけで、そんなに重要ではないらしい。
銀色の人は下を向いてため息をついていたが、すぐに驚いたように銀色の人二号の方を向いた。
「……って夏姫!なぜここにいるのですか!まだ呼んでないでしょう!」
「だって遅いんだもん。もう姉さんも呼んであるよ。」
そういって「なつき」と呼ばれたその人はギシギシ軋む床を踏んで、向かい側にある右のドアの前まで来ると、トントンとドアをノックした。
すると、ガッチガチにかけられていた鍵とかが全部はずれて、ドアがギィッとゆっくり開いた。
まるで魔法みたいだと感心してドアを見ていると、中から銀髪の子供が出てきた。
この子も銀色の人たちと髪の色が同じで、違うところといえば、身長がとても小さく、髪がとても長くて、目が髪に隠れて全く見えないところだった。
「姉さん、こっちだ。」
そう案内されて「ねえさん」と呼ばれたその子は、ゆっくりと歩き出した。
しかし、一歩進んだところで、自分の体を隠すような大きい灰色のワンピースの裾を踏んで、ズデッと派手に転んだ。
「うにゅっ。」
銀色の子は不明な言葉を呟いて泣きながらおきあがると、手が完全に出ていない袖で自分の鼻を押さえた。
どこからか微かに笑い声が聞こえた。しかし、夏姫という人がその声のした方向をとても鋭く睨みつけたため、その笑い声はすぐにやんだ。
「大丈夫ですか!?真冬さん!」
銀色の人も、その「まふゆ」とかいう子のところへ駆けつけた。
「大丈夫。」
真冬とかいう子はうなずきながら答えた。そしてゆっくり立ち上がると、一人でポツポツと歩き出した。なぜか真冬という子が歩いても、床はギシギシと軋まなかった。
真冬という子は、僕の前で立ち止まった。もしかしてこっちに向かって歩いているのかなと思っていたけど、まさか本当だったとは。
「自分、この子、いい。」
言葉が途切れ途切れに聞こえるのは、どうやらその子の癖らしい。
しかし、それはともかく、なぜ僕なのだろう。銀色の人といい、真冬という子といい……。
「あ、あたしも!本当は姉さんに譲ってあげてーんだけど、これは譲らねーから。」
そういって夏姫という人がリズミカルに走ってきた。
「あ、それは私の護衛ともう決めたのです。あなたたちには譲りません。」
「なにいってるの。それをいっていいのは姉さんだけだし。てか勝手に護衛決めないでくれる?」
喧嘩が始まりそうな雰囲気がただよった。というか、もう喧嘩は始まっているのだろう。
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