て・そ・ら


 貝原先生はその時、にこりともしないでこう言う。

『朝礼までに、終わらせること。開始』

 正直、あれには二度と参加したくはない。

 うわ~、たしかにねえ、とあたしが一人で頷いていたら、そういえば、と隣から声が聞こえた。

「佐伯って、下の名前ななみでいいの?何か海に関係ある家の人?」

 あたしは一瞬固まった。

 ・・・今。

 今、今、今!佐伯って呼んだよね??・・・うわー!

 なんか近くなったような気がしたのだ。昨日まで佐伯さんって呼ばれていた、それがさん付けがなくなっただけで。凄まじく驚いたけれど、高校生活においてクラスメイトを苗字で呼び捨てにするなんて普通にあること。あたしも一瞬だけ固まって嵐の到来のごとく頭の中で騒いだけど、表面は凪のような静かさだった。・・・と、思いたい。

 ちょっと嬉しい・・・。だけど、あたしはまだ横内、とは呼び捨てに出来ない。

 そこまで考えて、やっと気がついた。

 彼は返事を待っている。肘を机について顎を片手でおさえ、こっちをじっと見ているじゃないの!

 きゃー。

「え?ええ・・・っと。あ、うん。ななみ、であってる。それでもって、うちのお父さんが・・・海自だから・・・」

「かいじ?」

 横内がまだあたしを見ている。あたしは何とか不自然にならないように目をそらして、ノートの上に教科書を置いたりしてバタバタと動いていた。


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