て・そ・ら


「あ、海上自衛隊。元々海が好きで・・・それで、七海ってつけたって聞いたけど」

 へえ~、とのんびりとした相槌が聞こえてホッとする。よかった、あたしの挙動不審は誤魔化せたようだ。

「俺も海に関係ある名前だからさ、ちょっと気になっただけ」

 あたしは思わず考えた。・・・横内、航。ああ、航海の航か!

 手をとめて隣をちょっと見ると、横内は筆箱を転がしながら話している。

「俺はじいちゃんが漁師でさ。初孫だってんで、決められたって母親が言ってた。じいちゃん家は瀬戸内で滅多に行けないけど、暖かくて綺麗な海なんだよ。俺は好きなんだけどさ、この名前」

「へえ」

 ・・・おじいちゃんが漁師なんだ。うちのお父さんと同じ海が好きって言っても、それはちょっとばかり感覚の違う話なのかもしれない。

 だけど、あたしはその時心の中で、すごく父親に感謝した。ありがとうお父さん!お陰で横内と繋がりが出来た!ちょっとしたことだけど。本当に、ちょ~っとしたことなんだけど。

「海自かあ。なんかそれって格好いいな」

「そんなことないよ。お父さんはいつでもいないし」

「ああ、遠征ばっかで?」

「そう。基本的には母子家庭」

 恐怖の大魔王である貝原先生が入ってくるまで、何とあたしは横内とそうやってお喋りをしたのだった。隣の席だからこそ出来る気軽さで。隣の席だからこそ出来る近さで。

 他のクラスメイトには聞こえないような小さな声ってわけではなかった。だけど、それで余計に緊張が取れたのもある。他愛のない話だから。誰にもバレずに、楽しめたって思うのだ。

 誰にも不審がられずに、からかわれずに。

 何だか体がぼうっとあたたかかった。


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