て・そ・ら

・隣のクラスメイト



 先生が、あたしの絵を覗き込んで言った。

「今回はえらく柔らかいタッチなのね、佐伯さん。でもそのスピードで、作品展までに間に合いそう?」

 あたしはたま~にしか来ない顧問の秋山先生を振り返って余所行きの顔で微笑んで頷く。

 勿論間に合わせますよ、いいから放って置いて下さい。

 それは心の中でいったんだけど。

 先生は一応、美大出身なのだ。あまり姿を現さなくて部活を担当しているってことを忘れてんじゃないか、と部員達に言われてしまう女性教員。

 だけど展覧会前と11月にある文化祭前はたら~とやってきては、アドバイスをくれる。ただし、彼女は水彩の専門。あたしが今筆を握っているのは油絵。油の匂いがあたしの周りを漂い、あたしはただ目の前のイーゼルに集中する。

 この青が。

 ここの、この青が。

 この作品のテーマなのだから。

 突き抜ける空を描きたかったのだ。今度クラブで出す県大会の絵画展のテーマは「私の大切にしているもの」。それを各々の解釈で絵にするのに、何をつかってもよかった。だから我が美術部では今、皆が自分の世界に没頭している。

 あたしの大切にしているもの、それは、この視界にうつる、毎日の風景。

 つい立ち止まって見上げてしまう、スカイブルー。

 心がザワザワする夕暮れ時。

 泣きそうで重い灰色の空の、雲が少しだけ割れている向こうの青。その光の動く感じ。

 毎日の中で、直接飛び込んでくる色んなものたちを鮮やかに表現してみたい。それで考えて、通学路の風景を選んだのだ。


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