女子力高めなはずなのに
俺が継げば兄貴は報われるんだろうか。……いや、そんなことはない。

実家に行けば間違いなく母親は今の仕事を辞めて、経営している不動産会社と系列の建設会社を継げと言うだろう。

兄貴が死んでから、母親から直接連絡はなかったが、顧問弁護士からはしつこく「とにかく一度お戻りください」と連絡が来て、ことごとく断ってきた。

兄貴が継ぐはずだった会社と土地。

うちの実家はかなりの土地を所有している。多少田舎とはいえ駅前の土地はほとんど所有しているから、母親は地元で発言する権力を掌握している。

でも、兄貴は人前で話したり、話し合いを取りまとめるのが極度に苦手だった。

場に慣れさせようと、母親は兄貴を中学の頃から秘書のように連れて歩いていた。あれだけ場数を踏んでいれば慣れそうなものだけど、兄貴はそれでも全然ダメだったらしい。

兄貴は元々大人しくて弱くて神経質で、生まれついての色白やせ眼鏡だった。

人前に出ると緊張してしまう。失敗を恐れているんだろうな、と俺はなんとなく分かっていた。失敗して「井川家の恥」と陰口を叩かれることを恐れていたんだろう。

今思えば、あのひ弱な兄貴が自分よりデカイ俺に喧嘩を売ってくるなんて、とんでもなく勇気のある行動だった。

俺が羨ましかったのか、許せなかったのか、殴られた分を取り返したかったのか、それともただ関わりたかったのか。

今となってはもう、分からない。

弱かった俺の兄貴。自分がどんなにあの家で無視されようと、支えてやるべきだったのか?でも、俺だってそんなに心の広い人間じゃない。自分を守るので精一杯だった。

それを思うと、さくらの兄貴には本当に頭が下がる。さくらの兄貴は強い大人の男だと思う。
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