女子力高めなはずなのに
もしかして、母親が俺を無視し続けたのは、俺が井川家から出て行きたがるように追い立てるためだったのか?

さっき母親が結婚は認めないとか、井川を継げとか、俺を挑発するようなことを言ったのも、俺に「井川を継がない、この家の敷居は二度とまたがない」と明言させるための茶番だったのかもしれない。

俺が覚悟を見せてそう言えば、父親の前、つまり公の場で堂々とサインを書かせて俺を勘当できる。

そういうこと、だったのか……?

成長するにつれ、日増しに愛する男に似ていく俺を母親はどう思っていたんだろう。

愛する男とそっくりに成長した俺が、愛する女を横に置き真剣な眼差しで「井川を継がない」と言った時、母親はどんな思いを抱いたんだろう。

俺が井川家のしがらみから解き放たれた瞬間、何を思ったんだろう……。

俺は母親に愛されていたのか?
俺は本当は愛されていた?
あの黒い瞳は俺を愛していた?

宗像さんが言った言葉を思い出した。翻訳すると『元気でね』だと。

喉の奥が痛くなって、目頭が熱くなって、どう堪えても涙がわいてきた。

32にもなって、男が泣くなんて。ダメだダメだ!

下唇を噛み締めても、唇が震えて止まらない。眼鏡を押し上げて目を覆ったら、嗚咽を堪えられず思わず息を吸った。

ダメだ。こんな姿さくらに見られたくない。

その時ふわっと頭を抱き締められた。

さくらが助手席から身を乗り出して、俺の頭を優しく抱えている。

「カズくんは愛されるよ」

「……うん」

「私も愛してる」

「……ん」

「だから泣いてもいいんだよ」

もう、耐えられなかった。俺の頭を柔らかく抱えるさくらを強く強く抱き締めて、声を押し殺して泣いた。
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