裏腹王子は目覚めのキスを

「自分の女を別の男の家に預けるとか、何考えてんだそいつ」

「健太郎くんは昔からそうなの。わたしの言葉をまるごと信じきってるっていうか、淡白というか」

「信じてるっつーか、放置じゃねえか。淡白にもほどがあるだろ」
 
返す言葉もない。
わたしは視線を落とした。

「うん、虫がよすぎだよね。やっぱりわたし、健太郎くんの家に行かせてもらうように話を」

「いろよ」
 
強い口調で言われて、言葉を切った。
 
トーゴくんの大きな黒目が、まっすぐ注がれる。

「今までどおり、お前はうちにいろ」
 
引力を持つ瞳だと思った。
強く見つめられると、逸らすことができない。

「い……いいの?」

「ああ」
 
淡いオレンジに照らされた喫茶店の店内で、無表情のトーゴくんは立ちのぼる紫煙を妖しくまとう。
人体に害を及ぼすと叫ばれている煙草でさえ、彼が持つと美しい装飾品の一部になる。
 
おとぎ話に出てくる王子様のようだと思った。
ただし姫を救う正義の王子様ではなく、妖しい魅力で人々を惑わす闇の王子様。
 
目を細め、睨みつけるように棚の紅茶カップを眺める彼が何を考えているのか、さっぱりわからない。

「あ、ありがとう。頑張って早く仕事を決めて、なるべく迷惑かけないようにするから」

「……ああ」
 
トーゴくんは低い声で答えると、まだ長さのある煙草を苛立たしそうに灰皿に押しつけた。



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