裏腹王子は目覚めのキスを
去年の暮れに還暦を迎えたおじさんは、退職して悠々自適の生活を送っていたらしい。
そんな矢先に目の不調が発覚し、しかも老化が原因という事実に大きく打ちのめされてしまったのだ。
「もともと趣味っていう趣味もないし、家にこもってばかりでねぇ。栄ちゃんとこの浩一さんは来年だったかしら、還暦」
「そう、来年。はやく会社辞めたいって毎日うるさいのよ~」
おばさんの隣に座ったうちの母親が、他人事のように能天気に笑っている。
「浩一さんて趣味あったかしら? 無趣味だと困るわよぉ。一日中家にいられてもねぇ」
母親同士で盛り上がりはじめるテーブルの向こうを無視して、トーゴくんはきれいに取り出したカニのむき身をおじさんの取り皿にのせた。
「母さんと旅行にでも行けば? せっかく時間あんだから」
「統吾、お前が費用払ってやれよ。ずいぶん稼いでるらしいじゃないか」
いたずらっぽく言う圭吾くんに、三十歳の王子様は唇をゆがめる。
「っんとに人使い荒いんだわ、あの会社」
そこからトーゴくんの会社の話題になり、圭吾くんの仕事の話になりと、男同士で話に花が咲き始めて、わたしは自分の席に戻った。
うちの母親と7歳のケントくんとのあいだに座り、カニを剥く手伝いをする。
男性陣のお酒はよく進んだ。男三人で瓶ビールを何本か空けたあと、おじさんが大事にしまっていたらしいプレミア焼酎“百年の孤独”を持ってくると、圭吾くんとトーゴくんは同時に目を光らせた。