裏腹王子は目覚めのキスを

「え……?」
 
ぼんやりしていたわたしが振り向くと、彼は表情を変えずに言う。

「めずらしいね、羽華子が全然しゃべらないなんて。海外に来たのに」

「あ……うん、すごいね。空気が日本とは違う」
 
取って付けたような言葉に、健太郎くんは「そうだね」とだけ答えた。
それからいつも変わらない無表情を、窓ガラスに向ける。
 
その落ち着いた佇まいに、いつもは安心感を覚えていたはずなのに、今はなんだか心がざわめく。
健太郎くんの物言わぬ目が、不思議と冷たく見える。
 
罪悪感がそう見せているのかと思ったけれど、おかしなことに、わたしはまったく負い目を感じていなかった。
 
トーゴくんとあんなことがあったのに、健太郎くんに対して悪いと思う気持ちが湧かない。
 
わたしってこんなに薄情な人間だったんだ、と自分に驚く。
 
トーゴくんとの一時の交わりがあまりにも強烈で、健太郎くんとのこれまでの時間がすべて薄まってしまったように思えた。

もっとも“薄まった”のではなくて、“最初から薄かった”のかもしれない。
そんなふうにさえ考えてしまう。
 
絶対の信頼を寄せていたはずの健太郎くんに、疑問を抱いている自分がいる。
 
身体の関係がなかったから、というわけではないと思うけど、わたしと健太郎くんはそもそも、ちゃんと“精神的につながって”いたのかな。
 
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