裏腹王子は目覚めのキスを

考えているあいだにタクシーはフェリーターミナルに到着し、健太郎くんが料金を支払って、わたしたちはタクシーを下りた。
 
チャンギ空港が迷子になりそうなほど広かったせいか、フェリーターミナルの建物がずいぶんと小さく見える。

高速道路のパーキングエリアみたいだと思いながら入口をくぐると、中は意外にも明るく、掃除が行き届いていてとてもきれいだった。磨きぬかれた床が照明を反射して光っているほどだ。
 

カウンターでチェックインを済ませ、出発ロビーでビンタン島に向かうフェリーの出港時間を待っているあいだ、健太郎くんとのあいだにはほとんど会話はなかった。
それはつまり、いつもはわたしがひとりでしゃべっていたということを意味していた。
 
物静かな彼にわたしが話しかけて、健太郎くんがそれに答える。
ふたりの日常会話は、ほとんどがそのパターンで、しかもわたしが口にすることなんて内容のない話ばかりだ。
 
彼は大事なことをわたしに話さない。
仕事上の問題のみならず、日常生活における事柄も、口に出さず、すべて自分で解決して自己完結してしまう。
 
他人を頼らず、すべて自分で決断していくことはとても強さを必要とすることだから、わたしは健太郎くんを素直に尊敬していた。
 
でも、よく考えると、それって……。
 
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