裏腹王子は目覚めのキスを

――お前の意見を聞いて、お前のことを尊重して、ちゃんとお前を受け入れてくれてるのか!?
 
あの日言われた言葉が脳裏をかすめて、わたしは首を振る。
 
何も言わずにいなくなってしまった王子様の声なんて、思い出したくない。
 
健太郎くんは黙ってガイドブックに目を落としていた。ふと、その足元に、花の模様があしらわれた小さなゴムボールが転がってくる。
 
見ると、座席の向こう側で3、4歳くらいの女の子が地べたに手をつき、椅子の下を覗き込んでいた。

健太郎くんは一度顔を上げて彼女を見たけれど、すぐにまたガイドブックに目を戻してしまう。
 
もやっとしたものが一瞬、胸を覆った。

気がついてないのかなと思い直して、わたしは彼の代わりにボールを拾い上げた。
 
ピンク色の可愛いワンピースを着た彼女が、わたしの手元に気づき、不安そうに立ち上がる。
目がぱっちりとしていてどことなくエキゾチックな顔立ちの子だ。

「はい」
 
ボールを渡してあげると、女の子はおそるおそる受け取って、逃げるように走っていった。

「地元の子かな」
 
彼女が向かった先には、男性と立ち話をしている浅黒い肌の女性がいる。母親なのか、女の子は女性の足にまとわりついた。
 
彼女たちも、ビンタン島に行くのかもしれない。

「なんで拾ったの」

「え……?」
 
不意に声をかけられ振り向くと、健太郎くんはガイドブックに顔を向けたまま、横目でわたしを見ていた。

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