裏腹王子は目覚めのキスを
スマホを向けると、トーゴくんがすました顔で左手をピースサインにする。
「……なに、それ?」
「カニ」
人差し指と中指を動かしてハサミの真似をする彼に、わたしはつぶやく。
「料理しか写してないから、トーゴくん入ってないよ」
「……撮れよ」
ぶすっとした顔で言うから、笑ってしまった。
テーブルで存在感を放つそれは、トマトやケチャップや溶き卵なんかを混ぜたチリソースを絡めて食べるピリ辛のカニ料理だった。
エビチリのカニバージョンといった感じで、少し辛いけれど甘味もあり、なにより濃厚なうまみが溶けたソースが最高においしい。
「シンガポールといえばチリクラブだろ」
ソースの海からすくい上げたカニの殻を手で剥いて、そのままかぶりつく。
馴染みのないシンガポール料理を手馴れた様子で食べていくトーゴくんは、このお店の場所にも詳しかったし、もしかすると一度来たことがあるのかもしれない。
ということは、マーライオンと同じように、わたしに食べさせるためにわざわざここへ……?
ふと視線を感じて顔を上げると、トーゴくんが頬杖をついたままじっとわたしを見ていた。
「な……なに?」
黙って目を合わせてくる彼に、なんだか緊張してしまう。
カニにかぶりつこうと持ち上げていた手をおろした瞬間、王子様の表情がほどけるように崩れた。
「羽華、口のまわり、ベタベタになってる」
柔らかな笑みに、心臓が破裂する。
手渡されたおしぼりで口を拭いながら、目の前のカニと同じくらい自分の顔が真っ赤に燃えていくのを感じた。