裏腹王子は目覚めのキスを
満腹になってレストランを出ると、空にぽっかりと月が浮かんでいる。
だけど遠くの月明かりよりも、川の両岸にある飲食店やビル明かりのほうがぎらぎらと眩しい。
東南アジアといえども、シンガポールはアジア最前線の都市国家だ。夜空に向かってどっしりと立ち並ぶビル群は、都内の風景と変わらない。
ただ、空気だけが違う。
繁華街なのか、あたりには大勢の人がいた。橋の上では若者がたむろして、どこからか大音量のポップミュージックが流れてくる。
「よく見とけよ、雰囲気」
並んで歩いていたら、トーゴくんがぽつりと言った。
「もしかすると、この国に住むことになるかもしれない」
「……え?」
王子様は橋のたもとに屋外喫煙所の灰皿を見つけると、ポケットから煙草を取り出した。
「俺、シンガポールに赴任することになりそうだから。いわゆる駐在員てやつ」
「ええっ!?」
ゆっくりと紫煙を吐き出す彼を、まじまじと見つめる。
「い……いつ?」
「まだ決まってない。早くて来年の春だな」
トーゴくんの言葉に頭が真っ白になった。
わたしたちは将来のことについて、まだ何も決めていない。
半年間の同居を経て、お互いの生活リズムや習慣はもうだいたい分かっているけれど、それはあくまで同居人として、だ。
せっかく気持ちが通じ合って、これから恋人らしい生活を送っていけると思っていたのに。