裏腹王子は目覚めのキスを
「あのね、荷物の仕分けをしてほしいんだ。要らないものがあれば捨てちゃうし……」
「ああ、じゃあ次の休みのときに一緒に分別する」
「それと引越しのダンボール、荷解きは自分でやる? やってもよければ開けちゃうけど、勝手に片づけられても困る……かな」
差し出がましいとは思うけど、トーゴくんの負担を減らすためにわたしができることと言ったら、家の中を少しでも整理することくらいしかない。
とはいえ、彼の生活に踏み込みすぎかな、と舌の根も乾かないうちに後悔していると、
「いや、開けてくれるならありがたい。空いてる棚とか、クローゼットに適当にしまってもらって構わないから」
彼は疲れた顔で笑った。頬の筋肉をかすかに持ち上げただけの儚い微笑に、胸が痺れる。
「わ……わかった」
「悪いな」
「う、ううん」
心臓から一気に血が送り出されて、頬が燃える。弱ったトーゴくんの微笑みが、わたしの全身を震わせる。
「じ、じゃあ、わたし、寝るね」
自分でもよくわからない衝動を、必死に抑えて、わたしは自分の部屋へと向かった。
トーゴくんの前を通り過ぎるとき、一瞬硬い香水の匂いが鼻腔をくすぐって、雨に濡れた葉の先から滴がひとつ滑り落ちるような、柔らかな声が耳に入った。
「羽華、おやすみ」
「お……おやすみなさい」
声がひっくり返らないようにこらえるので、精いっぱいだった。