裏腹王子は目覚めのキスを
「来週の土曜はなんとか休み取るから、どっか出かけるか」
「えっ?」
「せっかくこっち出てきてんだし、ただ掃除だけして帰るなんて虚しいだろ」
わたしはバターナイフを手にしたまま数秒固まった。
「……で、でも、あと二、三日もあれば部屋も片付くだろうから」
「お前、俺の仕事中に黙って帰るつもりじゃねえだろうな」
「え……」
コーヒーのマグカップを置くと、トーゴくんは目を開けるのも面倒だというふうに薄目でわたしを睨む。唇を曲げた不機嫌そうな表情は、外では決して見せない、王子様の裏の顔だ。
「ちゃんと次の日曜までいろよ。掃除だけさせて帰したんじゃ寝覚めが悪い」
「え、でも」
「分かったな」と念押しされると、それ以上何も言えなくなってしまう。
彼はトーストの最後のひとかけを口に放り込むと思い出したように目を上げた。
「つか、お前の親、俺の家に来てるって知ってんだよな? なんにも言われないわけ? 幼なじみっつっても、いい年の男と女が屋根の下って」
「うん、ここに泊まるって連絡しても、あらそうなの、としか言ってなかったよ」
「まじか。緩いな……」
「はは……」
うちの母親は昔からトーゴくんのファンだ。電話口で彼の家に泊まることを告げたとき「あらそうなの!」と、どういうわけだか興奮していたのを思い出す。
うちの母親にとってトーゴくんは礼儀正しくて見目麗しい隣の次男坊という認識に過ぎない。