裏腹王子は目覚めのキスを
実は皮肉屋で口が悪くて女遊びが激しいというトーゴくんの裏の顔を知らないせいか、アイドル歌手にのめりこむ主婦みたいに、トーゴくんの情報をお隣りのおばさんから聞きだしては嬉々としてわたしに伝えてくる。
まるでファン仲間で情報を共有するみたいに。
実家に帰ったらきっと、ここでの生活のことを根掘り葉掘り聞きだされるに違いない。
想像してちょっとげんなりしていると、テーブルに置かれた黒いケータイが震えだした。
トーゴくんの細長い指先が、うるさそうに平べったい機械に伸びる。彼は画面を見て、あからさまに嫌そうな顔をした。
「どうしたの? まさか、会社から?」
「いや」と短く答え、彼は肺の空気を丸ごと入れ替えるような呼吸をした。それから席を立つ。
「はい、桐谷です」
普段よりもキーの高いよそ行きの声に、鼓動がした。
「ああ、いや。起きてたよ」
よれたTシャツの背中からこぼれる口調は、驚くほど柔らかい。
まるで新緑の木々を撫でる春のそよ風みたいな、優しい言葉遣いとさわやかな声に、胸がつまる。
王子様――。
普段の態度とはまるで違う、気品に溢れた物言いで、トーゴくんはリビングの大きな窓を開けた。
サイドボードの煙草を取り上げ、器用に片手だけで口にくわえると、火をつけてバルコニーに出る。後ろ手で窓を閉め、木製のガーデンチェアに腰を下ろした。