裏腹王子は目覚めのキスを
こちらに背を向けてしまった彼の表情は分からないし、会話の内容も窓ガラスに遮られてほとんど聞き取れない。
それでも電話の相手が、王子様が大人の関係を結んでいる何人かの女性のうちのひとりだということは分かる。
女の人に、『この男は自分に気がある』と勘違いをさせて、絡め取って、すっかり虜にしてしまうような計算づくの表情や喋り方は、昔とちっとも変ってない。
もっとも、顔の見えない電話の相手に対しては、王子の微笑もわざわざ作ることはないのかもしれないけれど。
わたしが食器の後片付けをしているあいだに、煙草を吸い終えたトーゴくんはバルコニーから戻ってきた。
「いや、本当に大丈夫だから」
通話はまだ続いているらしい。
目が合うと、彼はなんでもないようにコーヒーだけが残されたテーブルにつく。その顔を見て、わたしは首をかしげた。
「いいよ、悪いから。うつしても困るし」
声では優しく笑ってるのに、表情は険しい。そのちぐはぐで不自然な仕草に、かえって器用な人だな、と感心してしまう。
察するに、トーゴくんは女性から持ち掛けられた何かの誘いを断っているのだ。
わたしはできる限り自分の存在を消すために、音を立てないよう洗い物を続けた。
やがて通話を終えて、トーゴくんはテーブルに突っ伏す。
「うぜ……」
普段よりも一段と低くて暗い声につい「どうしたの?」と声をかけると、彼はいかにも億劫そうに言った。