恋するドライブ
 こんな窮地に陥っても、江端にいいところを見せたい虚栄心が捨てきれない。
 だって彼は年下。自分はお姉さんなのだから。
 最先端の研究をしている江端と、あくまで部署間の調整役である自分、どちらも大切な役割だと頭でわかっていても、どこか引け目を感じてしまう。
 誰かを好きになる気持ちは思っていたよりも複雑で、小説のように綺麗には割り切れない。
 菜々美が江端を好きな分より、江端には菜々美のことをもっと好きになってほしい。
 だから今、あきらめたくなかった。
 やるじゃん、って思ってほしい。惚れ直したよ、と言ってほしい。認めてほしい。
 そのためには進まなきゃ。前に。

「菜々美さん、停まってください」

 言葉遣いは丁寧なままだったけれど、江端の声は有無を言わせぬ強さを感じさせた。
 従う必要なんてない。そう思いながら、菜々美はアクセルから足を外し、ブレーキを踏んだ。ギアをパーキングに入れ、サイドブレーキを引く。たったそれだけの行動がひどく億劫で、息苦しいほどだった。
 降り注ぐ雨粒が停まった車を包む。
 前を見れば、ぬかるみ始めた道の先はこれ以上の侵入を拒否するように白く煙っている。空が光り、遠く雷鳴が聞こえた。

「ありがとうございます」
「……馬鹿にしないで」

 頭に血がのぼった。
 すんなり実家に行くことすらできない自分が情けない。恥ずかしくてくやしくて、消えたい気持ちになる。
 江端は何も言わない。
 ワイパーを切った。雨の音と互いの呼吸が耳にうるさい。

「菜々美さんは俺のこと、なんだと思ってるの」

 息の混ざった声で言うと、江端は運転席側にゆっくり身を乗り出してきた。両手を伸ばし、菜々美の左右の肩の上に手をつく。
 標本にされた蝶のようにシートに縫い留められ、菜々美は身じろぐことすらできない。
 顔と顔が近づく。背もたれの角度の分、わずかに江端を見上げる。逃げ場はなかった。
 そしてまた、雷鳴。

「隣で座ってるだけの人形じゃないんだよ」

 至近距離でにらまれると、喉の奥が震えた。声にならない声で、江端の名前を呼ぶ。
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