こんなのズルイ。
「こんなのズルイ」

 コウタの穏やかな声が降ってきたかと思うと、腰に彼の片手が回された。えっと思ったときには、片方の手首をつかまれ、体ごと路地の逆側の壁に押しつけられていた。

「ズルイな。壁ドンは男の特権だと思ってたのに」

 彼は笑みを含んだ声で言って、私を囲うように壁に両手をついた。端正な顔が迫ってきて、彼の唇が私の唇に重なった。さっきは必死だったから気づかなかったけど、コウタの唇は……とても柔らかくて温かい。

 何度も唇を重ねられ、胸の中のモヤモヤした気持ちが鎮まっていく。

 唇が離れ、気恥ずかしくて私は視線を落とした。

「こんなのズルイ。こんなふうにされたら……コウタのことをどんどん好きになっちゃうよ……」

 コウタが自分の額を私の額にコツンと当てた。

「ずっと待ってたんだ。もっと好きになってよ。俺以外の男なんかに目もくれないでさ」
「もうとっくになってるよ」

 そう言って顔を上げると、またコウタの顔が迫ってきた。彼の唇が触れそうになったとき、タツキの大声が聞こえてくる。

「おーい、コウタ、アオイ?」

 とっさに離れたけれど、タツキには私とコウタが何をしていたのかわかったらしい。気まずそうな表情で近づいてくる。
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