可愛くねぇ
朔がやっと立ち止まったのは昨日の非常階段の踊り場。
こんな場所にどうして?私の腕を掴んだままの朔の背中を見つめる。
「お前、可愛くねぇ」
こんなとこまで連れてきてなんなのよ。
「う、煩い。可愛くなくて良い」
朔の腕を振り払う。
「可愛くねぇ...お前なんて可愛くねぇ。本当、自分がわかんねぇ」
と叫んで頭をかきむしった朔。
はっ?はぁ?なんなのよ、本当。
何でこんな事言われなきゃなんないのよ。
沸々と沸き起こる怒り。
だけど、次の瞬間、思いもよらないことが起こった。
ドンッと言う音と共に壁につかれた朔の手。
意味も分からず壁際に追い詰められた私。
「へっ?」
間抜けな声が出たけど、逃がさないとばかりに朔は壁に手をついたまま私を見下ろす。
その瞳は今まで見たことのない瞳。
例えるのなら野生の猛獣。
獲物を狙いすますその瞳に心臓は有り得ないほど脈打つ。
な、な、なんなの?
ほんとに、なんなの。
「や、止めてよ」
やっと出た声は小さく震えてる。
「可愛いげなんてねぇのに」
「煩い」
「だけど、泣いてる顔見るとグッと来るんだ」
そう言って朔はもう片方の手を壁にドンッと押し当てる。
朔の両腕に挟まれた私は身動きが取れなくて。
しかも、朔があまりにも甘い視線を送ってくるもんだから、ドキドキが止まんない。
口から心臓出そう。
だ、だいたい泣いた顔って何よ!
「い、意味分かんないのよ」
キッと朔を睨んだら、
「その顔も堪らねぇ」
なんて言いながら距離を縮めてきた。
えっ?何?
「や...やめ..」
止めてと言おうとした私の唇は朔の唇に塞がれた。
んっ....き、キスされてる?
離れた唇は何度も角度を変えて落ちてくる。
呼吸をするのも忘れていた私は、生理的な涙を一粒落とす。
「泣くなよ」
朔はその涙を拭いながら困った様に笑いながら私を見つめる。
「...朔」
どうして?キスなんて...。
言葉にならなくて。
「これからは一人で泣くなバカ」
「...?」
意味分かんない。
急にキスされてそんなこと言われても。
「昨日、ここで泣いてただろうが。もう俺の居ねぇとこで泣くんじゃねぇ」
朔の言葉にここで泣いてたのを見られたんだと知る。
「だ、だって...」
仕方ないじゃん。