誘わないで
 
「──茉莉」


 すっ、と茉莉の横顔を風が通り抜けたと思った刹那、ダン、と音がして晃の右手が壁を突いていた。

 茉莉の肩に晃の胸が当たって、嫌でも彼の存在を意識させられる。

 どくどくと早鐘のように鳴り出す鼓動。

 それを認めたくなくて、茉莉は努めて冷静に彼の手と壁から視線を逸らした。


「……ちょっと、『茉莉"さん"』でしょ」

「今夜ヒマ? 食事行こうよ」

「無視するな」

「駅前のパスタ屋とかどう?」

「……っ、こんな所でナチュラルに誘うな!」

「こんな所じゃなかったら、いいの?」

「揚げ足をとるんじゃない!」


 苛立ちの勢いで茉莉は晃を睨み付けるが、余りにも至近距離で視線が交わり急いで顔を背けて一歩彼から離れた。


「メールしたんじゃ返事くれないでしょ。折角久し振りにこっちに来たんだからさ」

「……ヤダ」

「なんで?」

「嫌なもんは嫌。さっさと会議に戻れ」


 また一歩、茉莉は俯いたまま晃から離れる。
 
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