近くて遠い温もり
「わ、ご、ごめん!」
嶋っちの胸元からは、かすかに甘い香りがした。多分この香りは香水ではなく、柔軟剤の香り。彼女がかいがいしく嶋っちの身の回りの世話をしているところが容易に想像出来て、悲しくなった。
エレベーターが一階到着を知らせる音を鳴らす。扉がガラリと開いて、私は外に出ようと体勢を整える。
「未美」
一歩踏み出しかけた時、手が引っ張られた。
「わ……っ!」
引かれた手は壁に貼り付けられ、今度は私を囲うように嶋っちが壁に手をついている。
「な……、ど……」
なに、どうしたの、と言いたいのに、うまく言葉にならない。激しく動揺する程に、私は至近距離で嶋っちに見下ろされている。
エレベーターの扉は閉まってしまった。
「……誰の所に行くんだよ」
今まで聞いたことがないぐらいの低い声が、耳に響く。
「未美のことはずっと見てきたつもりだったのに……いったいいつからだよ」
嶋っちの言葉の意味が分からず、目だけで彼に問いかける。
「付き合ってんだろ? 誰かと」
嶋っちは腕を折り曲げたものだから、更に距離が縮まる。このまま少し背伸びすれば、キス出来そうな程だ。
「……付き合って、ない」
「……は?」
眉間に皺を寄せられ、怯む。