彼の濡れた髪
しん、とした中、私とユキが廊下の方から視線を戻す流れで目が合う。

寝起きのユキは、ボーッとしていて表情や心情が読み取りづらい。
だけど、結構距離が開いてるはずなのに、この……なにか念みたいなものをひしひしと感じるのはなぜ?

「……シャワー行ってくる」
「え?は、はい」

カチャッと今さっき通った廊下へ続くドアに手を掛け背を向けたユキを見送る。
すると、ぴたりと止まって振り向いた。

「帰らないでね」

振り向きざまの射るような瞳に、思わず姿勢を正してこくこくと無言で必死に頷いてしまった。

今度こそ本当にユキが居なくなると、ホッとひといきつく。
いつの間にか、カズくんに壁ドンされてたドキドキなんかとっくに消え去ってて。今ではその現場を目撃されたユキに対しての方がドキドキとする原因だ。

でも……なにも言われなかったし。
寝起きだったし、本当はなにが起きてたかわかってなかったのかも。

いつまでもこんな窓側に背をつけて立ってたらおかしい。
ようやくその場から離れ、キッチンへと向かった。

「お腹空いてるかな」

ぽつりと独り言を言いながらキッチンで空を見つめる。
原稿中は、あんまり食に時間を割かないから、せめてこの時期に色々と食べてもらいたいって思ってたりするんだけど。
でも、食べたいものを作ってあげたい。

そんなことを考えていると、不意に真横に気配を感じてびくっと肩をあげた。

「ゆっ……ユキ!」
「……そんなに驚くなんて、大げさ」

頭にタオルを掛けたまま。伏し目がちの瞳がちらりと私を映しながら、スッとキッチンに入って来る。

大げさって言われても!ユキっていっつも気配消すし!猫みたいに足音わかんないから!

シンクに背を向けるようにして立ちなおし、ユキの動向を窺う。
ユキは冷蔵庫から水を取り出すと、ゆっくりと近づいてきた。そして、ぬっと私へ手を伸ばす。
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