口の悪い、彼は。
 

「あ?高橋、そんなに気になるんならおまえが退治しておけ」

「はい!?」

「いつだったか、虫は平気だっつってただろ」

「!それはそうですけど……覚えてたんですね」

「じゃあ、いいだろ。ほら、さっさとしろ」


部長はしっしっと私を追い払うように手を振る。

曲がりなりにも女子の私に、ゴキブリの退治を任せるんですか!?

……いや、部長ならあり得るけども!


「いつもお世話になっております。真野です」


って、おい!

少しよそ行きを思わせる声色で、そっぽを向いて携帯に向かって話し始めてしまった部長に、私は心の中で突っ込んだ。

少し内容を聞く限り、しばらくはこっちを見向きもしなくなりそうだ。

やっぱり私がやるしかないのかと、私ははぁと息をついて、渋々その場をあとにした。



……1分後、再びヤツが潜む場所に私は戻ってきた。

手には捨てようと思っていた先月のヒットペッパー(地域のご飯屋さんや美容院などのクーポンが載っているフリーペーパーだ)をくるくると丸めた簡易ゴキブリ叩きを持っている。

まだまだ電話での話が続いている部長の姿を横目に、私はさっきまで黒い物体が存在していた場所をちらりと覗き込む。


「……あれ?いない……あっ、いたっ!」


私が居ない間に部長のデスクから遠ざかったらしく、オフィスの壁際にある棚の近くにヤツはいた。

ヤツももしかしたら、部長の鋭く光る眼光が怖くて、ビビって距離を取ったのかもしれない。

私はそーっとヤツに近付き、適度な距離になった時、すうっと息を吸って気合いを入れ、筒状にしたそれを振りかぶった。


「えいやぁ!」


バシッ!と小気味いい音がオフィス内に響く。

でも、捕らえたはずだったソイツはささっと棚の陰に隠れていってしまった。


「あっ、逃がした!そこにいることはわかってるんだっ!出てこい、出てこいー!」


私は悔しさのあまりガタガタと棚を揺らすけど、ヤツが出てくる気配はなかった。

実家では私に退治を任せておけば安心だ、とお墨付きがついているくらい高い確率で退治しているのに、まさか逃がしてしまうなんて、なんという失態!

 
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