口の悪い、彼は。
そう。部長の言った通り、私は虫の類いは平気だった。
前に喜多村さんや他の営業の人とそんな話をしたことがあったから、それを部長は覚えていたのだろう。
平気だとは言ってもさすがに素手で触るようなことはしたくないし、人並みくらいにはゴキブリや蜘蛛が嫌いだけど、その辺の女子よりはマシだと思う。
だから、できればしたくないとは言え、退治を任されたことに対しては特に問題はなかった。
しばらくガタガタと棚を揺らしたり、少し止めて様子を見たりしていたけど、やっぱりヤツは出てこない。
「G~出てこい~!」
「おい!うるせぇな!仕事中にくだらねぇ叫び声を撒き散らすな!」
「ひえっ!ぶ、部長……!いや、でもゴキブリ退治を」
怒鳴り声に振り向くと、すぐ後ろにいつの間にか電話を終えていた部長の姿があった。
その表情はいつも通り、眉間に深ーい皺が寄っていて、眼光も鋭くツンツンモードだ。
すぐ近くで私を見下ろす部長は、いつものようにデスク越しに話す時よりも迫力が倍以上で、その圧力にちょっとだけ怯みそうになってしまう。
っていうか、仕事中に叫ぶのは部長もじゃん。
……なんてことはもちろん、口には絶対に出さないけど。
ハァと、部長の放った大きなため息がオフィス内に響いた。
「騒いでもいいとは言ってねぇ。もっと静かに退治しろ」
「そ、そんなこと言われても……!っていうか、部長も手伝ってくださいよ!私が追い込むので部長はこれでバシッ!と一発!」
「……はぁ。俺が戻るまでに退治しとけよ」
「はい!?」
部長は大きなため息だけをそこに残して、オフィスを出ていってしまう。
呼び止めようにもその背中から漂うのは『話し掛けるな』というオーラで、私は言葉を発することができないまま、ただ手を伸ばすことしかできなかった。
こうやって、オフィス内には私と黒いヤツだけが取り残された。
基本的に“優しさ”という言葉の似合わない部長だしあんまり期待はしてなかったけど、ここまで突き放されるなんて。
やっぱり私のことは女とさえ見ていないんだろうなと思ってしまって、私はがくりと肩を落とした。
……はぁ。ここでへこんでても仕方ない。
自分でやるしかない。
再びガタガタと棚を揺らし始めた時、黒い物体がひょこっと姿を現した。
「!……覚悟なさい!」
私は落ち込んだ気持ちをそのままヤツにぶつけた。