それが愛ならかまわない

「篠塚が自分のプライド捨ててまで頭下げたのに期待に答えないのも申し訳ないよな」


「し……っ」


 名前を呼ぼうとして発した声が最後まで言葉にならずに、合わせた唇から椎名の中へと飲み込まれていく。
熱は下がっている筈だけれど、私の方が少し体温が高いことを知った。
 本当に触れただけなので時間にすればほんの一瞬の出来事。目を閉じる暇さえなかった。


「……」


「床で寝かされたのはこれでチャラにしとく。まああんまり自分の安売りはしない方がいいと思うけど」


 移ったリップを親指で拭いながら椎名がちらりとこちらを見る。
 自分からしておいて今更どの口が言うか。


「安売りって訳じゃ……」


 椎名だったからこそ家に連れ込むなんて力技の暴挙に出たのであって、相手が誰でも良い訳じゃない。むしろ他の人になんか絶対にしない。けれどそれを口にしてしまう事は愛の告白と同義なので結局私は言葉尻を濁すしかなかった。

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