杉下家の平和な日常~姉編~
「あーもう!いい子ちゃんし過ぎ!」

玄関をくぐったら、我慢していた言葉を吐き出す。

すごく楽しみにしていたのに、剛とのデートがドタキャンになったのが悲しかったのだ。

学食で女友達と二人でいる剛を見つけた。

剛もすぐに私を見つけて、こちらに来てくれた。

「ごめん、ちょっと話してる途中で、もうしばらくかかりそうなんだ。今日の約束、また今度にしてもいい?」

わかっている。たぶん。

他意はないと。友人として付き合いだと。

でも、彼女である自分より女友達を優先する気持ちには、胸に小さな引っかかりを作る。

別に女友達全員と縁を切れなんてバカな事は言わない。友情も大切だ。

浮気を疑っているわけでもない。

自分の問題だ。もうちょっと可愛く、甘えることができたらいいのに。

すぐに二つ返事で了承して、笑顔を向けて未練も見せず剛を残して帰った。

走りはしなかったが、『平常心』と唱えながら。

物分りのいい彼女でいたい。

でも、本当は自分より優先された友情を羨ましく思った。

そんなこと言ったら剛を困らせることは百も承知。だからこそ言えない。

こんなに強く、誰よりも優先されたいなんて、小さい時のトラウマじゃないかと思う。

「姉ちゃん、お帰り」

アイスを片手にリビングからふらりと出てくる弟。

完全に虫の居所が悪かった。気分は最悪だった。

そこで弟にばったり会えば、当然八つ当たりたくなる。

「ただいま。なんでアンタがそんなとこにいるのよ」

「ここ、俺んちでもあるんですけど、居ちゃ駄目ですか」

当然の反応に、さらに苛立つ。わかってる。そんなことわかってるけど、すっきりするために犠牲になれ。

弟の手ごと掴んで下げさせ、ちょっとリッチな気分になるアイスにかじり付く。

「うわ、何すんだよ!欲しいなら自分の分冷凍庫から取ってこいよ。喰いかけ・・・」

大きめの一口だけ奪ったら十分。

弟の慌てた顔を見て少し胸の引っかかりが縮小する。

不満を投げてくるのを自室に引きこもることで断ち切ったところで、また思い知る。

「可愛くないよなぁ」

気合を入れて編み上げてた髪を解いてベッドに倒れこむ。

弟相手みたいに簡単に相手の嫌がることをやって受け入れてもらうなんて芸当できない。

今回の選択は間違ってないはずだ。それなのに、納得できず欲張ってしまう自分が卑しい。

その都度弟に突っかかってしまうことも、多少悪いな、と思っている。

完全な八つ当たりなのも十分に理解しているのだ、これでも。

それを怒っても許してくれるかを弟で試して。

出来た弟だと思っている。言わないけど。

剛にはどうやって言ったらよかっただろうか。

『私との約束破るわけ?』

そんな怒っているわけじゃない。

約束を後日に回しただけだ。破棄されたわけでもない。

『私と女友達とどっちが大事なの!』

いや、別にそりゃ、大事かどうかって話をしたら間違いなく私のほうが大事って言ってくれる。聞くまでもない。

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