杉下家の平和な日常~姉編~
耳に届いたインターホンの音に身体を起こす。
弟が出てくれたようで、応答の声が聞こえた。
そろりと廊下に出ると声が鮮明になる。
「相馬剛です。由梨絵さんはご在宅でしょうか?」
「あ、すぐ開けますね」
彼を紹介しているので、訪ねてきたら当たり前に通すだろうが、今は駄目だ。
折角の髪型は解いてしまったし、涙で化粧が崩れていると思う。
部屋を飛び出て転びそうになりながら玄関に走る。
「駄目!、会える顔してない!」
「多少いつもより不細工でも、姉ちゃんなのは変わんないって」
「ひどっ。そういうのって大事なんだから!彼女に嫌われるぞ、デリカシーのない子!」
「彼氏待たせてるほうが駄目だって」
そのまま玄関を開けようとする弟の腕を掴んで引っ張って引きとめようと試みるがずるずると引きづられる。
フローリングの廊下が恨めしい。
遠慮がちに玄関が叩かれて我に返る。
剛がそこにいるんだった。
玄関で大声を上げてのやり取りなら間違いなく聞こえた。
「由梨絵、会いたくなかったらこのままでいいから。一言謝りたくて」
「何したか知りませんけど、入ってもらって大丈夫ですから。姉ちゃんも差し出します」
弟はドア越しの彼に勝手に応える
「駄目!嫌だって!」
言いたいことも言えないのに、勝手に機嫌を悪くする醜い気持ちのまま会いたくない。
顔も心もぐしゃぐしゃなのに、わざわざ来てくれて、謝りたいなんて言ってくれる剛に、尚更会い辛い気分になる。
自分の部屋に駆け戻ろうとしたら弟の腕が腰に回されて捕まる。
身をよじって離れようとしたが、大して筋肉の付いていないはずの腕なのにちっとも動かない。
体格的にも頭一つ分違うが、こんなに歴然と力の差を感じたのは初めてだった。
じたばたしている間に弟は鍵を開けてしまう。
ゆっくり開くドアに背を向けて弟の胸に顔を伏せて隠す。
勝手にことをすすめた腹いせに両手で弟の肩を叩くのはやめない。
「もう、暴れんなって。面倒なんで引き渡したい気持ち最高潮なんですけど」
「イヤ!弟の癖に生意気!」
「由梨絵ちゃん、見られたくないなら見ないからおいで」
剛の静かな一言で腕を止める。
明らかにほっとした様子の弟。
腰に回されていた腕の力が弱まる。
携帯があるのに、連絡もせず来るなんてひどい。
電話越しだったら、適当に言い繕えたのに。
「あのね、由梨絵ちゃん。たとえ弟だとしても、僕以外の男に抱かれてる由梨絵ちゃん見てるのってあんまりいい気分がしないんだ」
剛の言葉で笑えるくらい明らかにぎょっとした弟は、慌てて降参の表明のように両手を挙げる。
慣れた手に肩を引き寄せられ、弟の困った顔が見える位置まで離される。
弟相手にこんなあからさまなことを言われたのは初めてだった。
こんなに困った顔をしている弟の顔を見るのも久しぶり。
「君に同じようなのことをしたことはわかってる。だから、ごめん。先輩に彼女を引き止めておいてもらうように頼まれてて。男の友情を優先しちゃった」
剛は断れない性格だからよくあるのだ。
いろんな人に頼まれごとをされているのを何度も見かけている。
責任感を持って、頼まれたことは最後まで遂行する。
しかも、友情は男の友情のために、ということだ。
一緒にいた女性は関係なかった。
しっかり剛の腕の中に閉じ込められて、背中に当たる暖かさに身を任せる。
空気を読んでいつの間にか姿を消した弟。
いて欲しいときにいて、いて欲しくない時にはちゃんといないことにしてくれる出来すぎの弟。
「私もごめん。ちょっと嫉妬した」
素直に言葉がこぼれた。言ってみて、さほど醜い形でなく言えたことにほっとする。
「うん、我慢せずそうやって言って欲しい。そのほうがわかりやすいし、僕は嬉しいな」
「努力します」
仲直りの意味も込めて、ちらりと顔を見上げると剛は柔らかく微笑む。
この顔が自分にだけ向けられているのが堪らなく幸せだ。
弟が出てくれたようで、応答の声が聞こえた。
そろりと廊下に出ると声が鮮明になる。
「相馬剛です。由梨絵さんはご在宅でしょうか?」
「あ、すぐ開けますね」
彼を紹介しているので、訪ねてきたら当たり前に通すだろうが、今は駄目だ。
折角の髪型は解いてしまったし、涙で化粧が崩れていると思う。
部屋を飛び出て転びそうになりながら玄関に走る。
「駄目!、会える顔してない!」
「多少いつもより不細工でも、姉ちゃんなのは変わんないって」
「ひどっ。そういうのって大事なんだから!彼女に嫌われるぞ、デリカシーのない子!」
「彼氏待たせてるほうが駄目だって」
そのまま玄関を開けようとする弟の腕を掴んで引っ張って引きとめようと試みるがずるずると引きづられる。
フローリングの廊下が恨めしい。
遠慮がちに玄関が叩かれて我に返る。
剛がそこにいるんだった。
玄関で大声を上げてのやり取りなら間違いなく聞こえた。
「由梨絵、会いたくなかったらこのままでいいから。一言謝りたくて」
「何したか知りませんけど、入ってもらって大丈夫ですから。姉ちゃんも差し出します」
弟はドア越しの彼に勝手に応える
「駄目!嫌だって!」
言いたいことも言えないのに、勝手に機嫌を悪くする醜い気持ちのまま会いたくない。
顔も心もぐしゃぐしゃなのに、わざわざ来てくれて、謝りたいなんて言ってくれる剛に、尚更会い辛い気分になる。
自分の部屋に駆け戻ろうとしたら弟の腕が腰に回されて捕まる。
身をよじって離れようとしたが、大して筋肉の付いていないはずの腕なのにちっとも動かない。
体格的にも頭一つ分違うが、こんなに歴然と力の差を感じたのは初めてだった。
じたばたしている間に弟は鍵を開けてしまう。
ゆっくり開くドアに背を向けて弟の胸に顔を伏せて隠す。
勝手にことをすすめた腹いせに両手で弟の肩を叩くのはやめない。
「もう、暴れんなって。面倒なんで引き渡したい気持ち最高潮なんですけど」
「イヤ!弟の癖に生意気!」
「由梨絵ちゃん、見られたくないなら見ないからおいで」
剛の静かな一言で腕を止める。
明らかにほっとした様子の弟。
腰に回されていた腕の力が弱まる。
携帯があるのに、連絡もせず来るなんてひどい。
電話越しだったら、適当に言い繕えたのに。
「あのね、由梨絵ちゃん。たとえ弟だとしても、僕以外の男に抱かれてる由梨絵ちゃん見てるのってあんまりいい気分がしないんだ」
剛の言葉で笑えるくらい明らかにぎょっとした弟は、慌てて降参の表明のように両手を挙げる。
慣れた手に肩を引き寄せられ、弟の困った顔が見える位置まで離される。
弟相手にこんなあからさまなことを言われたのは初めてだった。
こんなに困った顔をしている弟の顔を見るのも久しぶり。
「君に同じようなのことをしたことはわかってる。だから、ごめん。先輩に彼女を引き止めておいてもらうように頼まれてて。男の友情を優先しちゃった」
剛は断れない性格だからよくあるのだ。
いろんな人に頼まれごとをされているのを何度も見かけている。
責任感を持って、頼まれたことは最後まで遂行する。
しかも、友情は男の友情のために、ということだ。
一緒にいた女性は関係なかった。
しっかり剛の腕の中に閉じ込められて、背中に当たる暖かさに身を任せる。
空気を読んでいつの間にか姿を消した弟。
いて欲しいときにいて、いて欲しくない時にはちゃんといないことにしてくれる出来すぎの弟。
「私もごめん。ちょっと嫉妬した」
素直に言葉がこぼれた。言ってみて、さほど醜い形でなく言えたことにほっとする。
「うん、我慢せずそうやって言って欲しい。そのほうがわかりやすいし、僕は嬉しいな」
「努力します」
仲直りの意味も込めて、ちらりと顔を見上げると剛は柔らかく微笑む。
この顔が自分にだけ向けられているのが堪らなく幸せだ。