kiss of lilyー先生との甘い関係ー
 中に入るとまきちゃんはお客さんのお会計をしていた。会計を済ませたカップルはわたしたちと入れ違いに出て行く。まきちゃんは彼らを見送るためにドアまで来ると、私たちに気が付いた。

「あーらユリちゃん、いらっしゃい!どしたのこんな時間に…ってなによ彼!いい男じゃない!!」

 わたしがいつもより大分遅い時間に来たから不思議がったけれど、そんな疑問は水樹先生を見たらすっ飛んでいったらしい。水樹先生は硬直した。

「やだぁ〜先に一言連絡してくれたら、もっとちゃんとお化粧しておいたのに。あ、カウンター座って待ってて、いまおいしーいコーヒー入れちゃうから。ホットでいい?」

 水樹先生は面をくらってはいるみたいだけど、わたしの勘が正しければ先生は人のこういう性癖を気にしない人だ。彼はわたしと並んで椅子にかける前に、”理解した”と耳打ちしてきた。

 マスターの喫茶店が“明るい昼間”なイメージなのに対して、まきちゃんの喫茶店は“しっとりした夜”って感じ。店内は白熱灯の優しい明かりで満たされている。壁には18世紀に社交に勤しむ夫人の絵がかけられていて、低音が心地いいマルチコンポからはJAZZが流れる。

 カウンターの奥にはデミタスカップが縦五客、横十客で並んでいて、どれもまきちゃんが一つずつ吟味して手に入れたという逸材のコレクションだ。テーブルに置かれたナプキンひとつ取っても小さな女の子が描かれた肌触りのいいもので、まきちゃんのこだわりが伺える。

「いい店だな」

 先生も気に入ったみたいだ。そしてやっぱり偏見のない人だった。
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