囚われの姫
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微かに意識が戻った時、震える声が聞こえた。
「……真理花、本当にすまない。頼むから早く目を覚ましてくれ……」
それは紛れもなく彼の声。
私の右手は強く握られ、時折温かい水滴が指を伝う。
声を出して、握られている手を握り返したくてもたくても、体が思うように動かない。
何度も何度も彼が謝る声が静かな病室に響く。
謝らないで。
大和さんは何も悪くない。
どれくらいの時間そうしていたのだろうか。
ようやく私は重たい瞼を開け、微かに声を出すことが出来た。
彼は真っ赤になっていた目を大きく見開くと、くしゃりとその綺麗な顔を歪めた後、私を抱きしめた。
驚く程に強い力で抱きしめられ体が痛かったが、彼がどれ程私を心配してくれていたのかを実感する。
彼の震える体を私も抱きしめ返した。
彼からは何も聞いていないが、恐らく彼にも何か事情がある事だけは分かった。
どうして私に仕事などのプロフィールを教えてくれなかったのか。
彼から、荷物をまとめてしばらく彼の家で身を置くように言われ、荷物をまとめながら、今日こそ本当の事を教えて貰えるのだろうかとぼんやり考えていた。
どんな真実を言われても動じない自信はあった。
一時は彼が犯罪者でも構わないとさえ思っていたくらいだ。
それでも、もうこの関係は終わりだと告げられたら…?
もう会えないと言われてしまったら、私はきっと醜い自分を晒してしまう。
真実を知るよりも、彼と会えなくなる事の方がよっぽど怖かった。
彼が迎えに来てくれ、初めて彼の家に上がる。
私が引っ越すまでの間ここで過ごすという事は、その間は彼と一緒に居てもいいという事なのだろうか?
部屋に通されるが、彼の顔はずっと強ばったまま。
ずっと病室で聞いた彼の謝る声が頭の中でこだまする。
そんな顔しないで。
どうして、そんなに自分を責めてるの?
私は謝罪なんて求めてない。
彼の秘密にしていた事、秘密にしていた理由を知りたいだけ。
どうにか空気を明るくしたくて私は彼のお腹を割と本気でグーパンチした。
彼はいきなりの展開にかなり驚いているようだったが、私が「お相子にしよう」と言っても顔を困ったように歪めるだけ。
彼は私を"囮にした"と言った。
それが彼が自分を責めている理由なら、お門違いだ。
私を利用しようとした父親とあの男達が悪いのであって、彼は私を護ろうとしてくれていた。
ただ思っていたよりあの男達のタチが悪かったのだろう。
彼はすぐに助けに来てくれたから、私は今こうして無事にまた戻って来れている。
それを伝えても、私の声は彼に届かない。
私をこの部屋に置いて、彼は自分は出ていくからと言ってきた。
どうして…
どうして…
謝罪なんていらない。
私はあなたが居てくれたらそれで十分なのに。
謝るくらいなら、ずっと私のそばにいて。
「……真理花、俺を困らせないで。」
聞いた事のないような冷たい声にビクリとした。
それが彼の気持ちだったようだ。
やっぱり私は醜い自分を抑えられなかった。
彼の気持ちも考えず、私の我儘な気持ちを押し付けただけ。
彼は私と一緒にいる事を望んでくれてはいなかったのだ…
冷静に考えればそれもそうだ。
彼は私の体が目的であの夜声をかけてきた。
それ以外の感情など持ち合わせていなかったのだろう。
それが思ったより関係が続いたから、こんな事件になって同情してくれていただけなのかもしれない。
今までたくさん胸に刺さっていたナイフが全部抜けて大量に出血していくようだった。
全部全部流れて意識が遠のく。
これが彼の気持ち。
それなら私のことなんて構わずに放っておいてくれたら良かったのに。
優しくして突き放す方がよっぽど残酷だ。
それなのに、どうしても彼の事が好きで好きで仕方ないなんて……
私が部屋を出ていこうとすると、何故かヒョイっと抱きかかえられた。
「………!?」
「……俺が身を引こうとしたのに、真理花が止めたんだからな。」
「…え?……大和…さん」
そのままスタスタと部屋の奥へと連れていかれる。
「俺は最初から真理花のことを知ってた。」
「………え?」
「あの日も全部知ってて自分から近づいた。」
思ってもみない事を言われて混乱している内に、ベッドにポイッと落とされた。
「…全部、知ってたって……?」
「全部は全部だよ。あの日、抱いてくれそうな男を探してた事も。真理花の幼少期の事だって、父親も、母親の事だって知ってる。多分、真理花の知らないような事までな。」
彼は着ていたスーツを脱ぎ捨て、ネクタイを外すとそのまま私の上に彼が覆いかぶさってきて私の手を握るように頭の上で押さえつける。
「………本当に…?」
「怖くなったか?」
「…違っ…」
「真理花がこうなる事を望んだんだ。俺を責めて怒りをぶつけてくれたら諦めもついたかもしれなかったが…残念だったな。」
慣れた手つきで私の手首を押さえたままネクタイで縛られていくが、抵抗する気は起きなかった。
「……真理花、愛してる。」
彼の優しい声に驚く暇もなく唇が重なった。
目を見開いて、彼からの初めて貰ったキスに体が強ばる。
こんなキス知らない。
熱く貪るように口内を舐め回されて息継ぎが上手く出来ない。
男は生理的な涙が頬に流れているのにも気が付かないくらい朦朧とした意識の女を宝物のように大切に触れながら、服を脱がせていく。
自分のYシャツは乱暴に脱いだため、ボタンが二つ飛んでいったが気にする様子もなく女に覆い被さり、白い肌へ舌を這わせていった。
***
散々揺さぶられ、何度目か分からないほど胎内に熱く注がれた。
激しく揺すったかと思えば甘やかすように身体中を撫でられキスされる。
もう何が何だか分からない。
「……やまと…さん……、も、ゆるして…」
「…ん?…許すのは真理花だよ。俺じゃない。」
…どういうこと…?
先程から今まで聞いた事のないようなグチャグチャという粘着質のある水音が聞こえ、お尻の下のシーツが濡れていて冷たくぬるぬるする。
「…零したら駄目だよ。真理花のナカいっぱいにしてやるから。」
「……ぁ、…はぁ、………っん」
縛られていたはずのネクタイは手首から解けて今は片方の腕に絡まっているだけだ。
「…こんな趣味はなかったけど、真理花とヤるとやっぱり縛りたくなるな……」
解けて絡まっていたネクタイを腕から外すと、再び手首をキツく締められた。
「…ん、ん、や……っ」
「"やだ"はもう聞いてやれない。」
たくさんキスをされ、幸福で満たされた体は満たされ過ぎて苦しい。
「真里花、そんな顔したら駄目だ。そんなに俺が好きなのか?」
コクリと頷くと、彼は深い溜息を吐く。
「真里花は何も分かっていない。」
もっと、もっと、彼の体温を感じていたいのに、先程から意識が途切れ途切れになっている気がする……
再び激しく揺すられ女の全身が喜びで震えるのと同時に、男は女の耳元で自分の愛しい女以外誰にも聞こえないよう、今日、何度も繰り返し続けている言葉を伝える。
「…真里花、好きだよ。愛してる。」
女の体は痙攣を繰り返して、男の言葉を理解していないようだ。
それでも、女は無意識に男の名前を繰り返す。
想いをぶつけるように男は女の体を揺さぶり、女も男を抱きしめる腕を離さなかった。