囚われの姫


まだ彼からの連絡は来ないまま、数日が経過していた。
そんなある日、仕事から帰ってきて自分のマンションに着くと、エントランスの辺りに見知らぬきょろきょろ視線をさ迷わせている怪しげな男が立っていた。
私は不審に思いつつも、特に気にすることなくオートロックを解除しようとした所、その男が声をかけてきたのだ。


「……真理花か?」

「……え?」

自分の名前を呼ばれた事で驚いて声が出てしまった。
すると、男は馴れ馴れしく近づいてきたかと思うと私を上から下までジロジロ値踏みするような視線を向けてくる。

「……あの、どちら様ですか?」

私は男の不審な様子に恐怖を感じ、手探りで鞄から携帯を取り出す。

「俺の事を覚えてないのか?お前の父親だよ。」

「……お父さん…?」


正直、一緒に暮らしていた時期もあったがほとんど家に帰って来ず、私が小学生頃に母親だった人と離婚した以来1度も会っていない人間の顔なんか覚えていない。
思い出したくもない記憶だ。

この男が私の父親だという事すら事実か怪しい。

「…すみませんが、人違いではありませんか?私の父親は数年前に亡くなりましたので。」

とっさに嘘をつき、オートロックを開けようとするが、男はしつこい。

「お前のことは調べがついてるんだよ、真理花。俺の借金の肩代わりしてもらう事になってんだからな。もうすぐ奴らが来るからさっさとこっちに来い!」
男は私の腕を乱暴に掴むと無理やり引っ張ってきた。
男の目付きはギラギラとしている割には生気がなく焦点が定まっていない。よく見ると頬は痩けて顔色も悪かった。


この人何言ってるの?

意味が分からず、「やめてください!!」と叫ぶが、いきなり頬を殴られた。
痛みと驚きに声が出ない。口の中が切れたのか、血の味がする。

このマンションは大通りから少し中に入ったところにあり、住宅街ではあるが人通りは少ない。

誰か!!

必死に助けを呼ぼうとすると、ヒヤリとしたものが首に当てられるのを感じた。視線は届かないが、多分刃物であることは分かった。

「抵抗したら刺すぞ。俺はもう後がないからな。お前を殺すくらいわけないんだよ。」

男はそう言いながらスっと刃物を首筋に走らせる。ズキッと痛みを感じ首筋から温かいものか流れた。

先程までとは比べ物にならない程の恐怖に体が震える。

こんな時なのに何故か彼の事が頭に浮かんだ。
もっと彼の事を知りたかった。
もっと彼と一緒にいたかった。

私の人生は最後までこんな形で人に利用されて終わるのかな…。
これから自分の身に起こることを想像し、諦めと絶望を感じる。

涙で目の前が滲み、よく見えない。

男は刃物をポケットに隠すと再び私の腕を掴んで引きずるようにマンションを出た。


夜遅い時間であることもあってか誰も通行人がおらず、やけに静かに感じる。

どうやらマンションの道沿いに停めてあった黒いボックスカーが男の車のようだ。
車に連れ込まれ、バタンとドアが閉められるとそのまま車は動き出した。

中には他に男が2人おり、運転席と後部座席に1人づつ座っていた。
父親と名乗る男と後部座席にいた男に目隠しをされ、手足を拘束される。


「この女が河口の娘か。写真よりも随分いい女じゃねーか。こりゃ稼ぎ頭になるかもな。」
運転席の男は随分と嬉しそうだ。
"河口"とは、私の父親の名字だ。多分本当に私の父親だった男がこいつなのだろう。
「いやー、娘の存在なんて忘れてましたが、佐々木さんからいい使い道を教えて頂いて助かりましたよ〜」
父親は先程とは打って変わって猫なで声で運転席の男と話している。
これからどこに連れて行かれ、どうなるのか…
話の内容からすると、殺されることは無いのだろうが、生き地獄になりそうな未来は容易に想像できる。


祖母が死んだ時、自分も死のうと思っていた時期が懐かしく感じる。
あの時だったら今の状況でも恐怖はなかったのかもしれない。

でも、彼に出会って、彼を愛するようになってからは明日や、来月、数年後、もっと先もずっと未来を楽しみになって、死にたいとは思わなくなっていた。

そんな事を考えていたら、目的の場所に着いたようだった。
抱えられて車から降ろされ運ばれる。

目隠しを外されると、そこはベッドしかない部屋だった。
多分そういうことを目的とした店か何かなのだろう。先程からずっと男女の交合う声と音が両サイドから聞こえている。
父親と先程運転席にいた男が部屋に入って来て私の顔と頭を掴むと無理やり口に瓶を突っ込まれ、大量のお酒を飲まされた。
お酒に強い私でさえも、致死量なんじゃないかと思う。
むせながら意識が朦朧としてきたところでようやく解放され、今度は仕事用に着ていた服を乱暴に脱がされた。

そこへ、別の男が入って来た。
その男が部屋に入って来た途端に、父親と運転席にいた男はハッとして挨拶していた。
多分"この業界"では偉い立場の人間なのだろう。

「この女が、河口の言ってた娘か。
お前の娘とは思えねーくらいの上玉じゃねーか。これはかなりの金額いけそうだなぁ。」
父親と知らない男達に自分の体をジロジロ見られ、気持ち悪くて吐き気がするが体は言うことを聞かず、ぐったりと冷たい床に身を横たえるしかない。

「今日の客で、金持ってる奴ら集めろ。上玉のお披露目パーティだ。」

父親と男達が楽しそうに笑っていると、店の中が急にガヤガヤと慌ただしくなった。
父親達は顔色を変え焦っているようだ。

「……っ!なんでここがバレたんだ!」
「河口、てめぇまさか娘が惜しくなって俺達裏切ったんじゃねーだろーな?」
「…ひっ!…違う…俺はそんな事してません……ぎゃ…」

父親の悲鳴と共に、血が私の方にも飛んできた。
そのまま倒れた父親を空き缶を蹴るように蹴飛ばし、男達は舌打ちをしながら逃げていく。

衝撃的な光景には違いないが、私も先程から大量に飲まされたアルコールのせいで視界がぐらぐらしており意識も朦朧としてきて悲鳴もまともにあげられない。

すると、警察官らしき数人の男達が部屋に入って来るのが見え、その中に見覚えのある男性がいる気がした。
まさか、彼がこんな所にいるはずがないのに…

私の願望が幻覚でも見せているのだろうか。

「……りか!…真理花!!」

彼は私を見ると、一目散に駆け寄り上着を掛けながら何度も私の名前を呼ぶが、声が出ない。

会いたくてたまらなかった聞き馴染んだ声が必死で叫んでいて可哀想なくらいだった。
大丈夫だと言って安心させてあげたいのにそれが出来ないのがもどかしい。
その人物に護るように抱きしめられるのを感じながら、私は意識を手放した。









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