ぎゅっと抱きしめて~会議室から始まる恋~
井戸の底に座り、空を仰いだ。
灰色雲と、生い茂る庭木の枝葉。
それから、久遠さんのマンションの外壁が僅かに見えた。
直線距離だと、マンションからここまでかなり近い。
人間がここに来るには、ぐるりと遠回りする必要があるが、
ミカコさんなら、隙間や塀を通って、短時間でたどり着ける場所だった。
すっかり夜になっていた。
街の明かりが微かな光を届けてくれるので、真っ暗闇ではない。
井戸の底から、僅かに見えるマンションの外壁を見つめていた。
久遠さんは今頃、何をしているのだろう……。
私を捜しているだろうか……?
そう考えて、すぐに首を横に振った。
夜の雨の中、彼が私を捜して歩き回る姿を想像できない。
ミカコさんは大事でも、私は大事な存在ではない。
迷惑と言ってもいい存在だ。
スパイ容疑だけじゃなく、大切なミカコさんを脱走させた犯人だ。
こんな私を、捜しているわけないよね……。