ぎゅっと抱きしめて~会議室から始まる恋~
このメールを、久遠さんがいつ読むかは分からない。
機内で電源を切っているかも知れないし、向こうに着いてからになるのかも。
いつ読んだとしても、もう引き返せない。
元には戻せない。
久遠さんは一度引き受けた仕事を、私情のために投げ出すような人じゃないと、私は知っているから。
送信後すぐに、スマホの電源を落とした。
このスマホも解約するつもり。
明日中にマンションの部屋を空っぽにして、売買契約を済ませてある不動産屋に鍵を渡し、
なるべく早くここを出て行こう。
スマホをポケットにしまい、代わりに出したのは、小さく折り畳んだ一枚の薄い用紙。
その紙を広げて、じっと見つめた。
これは、去年の冬に久遠さんがくれた婚姻届。
彼の氏名は書かれているけど、
他はまだ何も書かれていない。
あの時は嬉しくて、早く自分の名前も書き込みたくなったっけ……。
結局、書き込む日はこなかった。
これはもう、私の手元にあってはいけない物になってしまった。