full of love~わが君の声、君の影~

この男の浮いた話はいくつか聞いて知っている。
どの女性も若くて可愛らしいタレントやモデルばかりだ。

「最初は声だと思います」
「声?」
「はい。あっこれ彼女には内緒ですよ・・最初の印象は声で正直顔は覚えてなかったんです。彼女の声を聞くと落ち着くって言うか・・どんなにイライラしてても落ち込んでいても気持ちが凪いでいくというか・・声を忘れなくなってずっと耳の奥に残っていて・・そんなことは初めてだったからどういうことかよくわからなかったけれど・・」
言葉をきってコーヒーを口に含む。

「声ね・・ミュージシャンらしいな・・声ににひとめぼれしたといったところか?」
「そうなのでしょうか・・?声が一定なんですよね・・波がないっていうか。だからいつ電話をかけてもいつも同じ様に落ちつているから安心してかけることができた・・でもそれは俺の勘違いでした」
「勘違い?」
「はい。声は落ち着いているけど手が震えているとか、顔色が違うとか。会わなければわからないことがたくさんあるんだと。それに気がついてからは俺がわかってあげなければ・・なんて。俺の思い上がりかもしれませんけど」

言っていることは何となくわかる。
彼女がいきなり怒鳴ったり泣きだしたりしたところを見たことがない。
そう別れるその時までも。

「でもそれだけではないですよ。単純に彼女と話していると楽しいし。普通なんです。普通の自分でいられるんです・・こういう仕事だからいつまで続けられるかっていう焦燥感?みたいなもの常にあるんですけど・・仕事がなくなってもまあいいかみたいな、彼女がいれば何とかなるような気がするんですよね・・そう思えるってすごいことだと思いませんか?」
「いや・・私にはよくわからないけどね」
(よくしゃべる男だ・・)

タバコの煙を脇に顔をそらしてそっと吐きだす。

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