10回目のキスの仕方
「圭ちゃん、心配してるの?」
「…これ、心配って言う?」
「そんな顔、あたしにはしないけど?」
「玲菜の成績については心配。」
「もー圭ちゃんなんか嫌い!」

 好きだと言ったり、嫌いだと言ったり、言動に全く責任のない玲菜ではあるが、観察眼だけは鋭い。
 心配、なのだろう。どんなに具合が悪くても人を頼らない彼女を知るがゆえに、また何かを抱え込んでいるのではないかと思う気持ちが先立つ。

「玲菜、これも間違ってる。」
「うそー!これは自信あったのに!」
「そもそも代入する前の値間違ってるから。」
「ちょっと待って、それは宿題だから頑張る!」
「そうして。」

 慌てて計算を消す玲菜を見つめながら、その先に思う人は玲菜ではない。そんなことを口にすれば玲菜は当然のように怒り出すだろうから決して言わない。ぼんやりと最も最近に見た彼女を思い浮かべる。彼女は確かに笑っていたはずだ。いつも通りの、少しぎこちない笑顔を浮かべながら最近読んでいる本について話した。

「ねー圭ちゃん。」
「なに?解けた?」
「解けた!」
「お、合ってる。」
「でしょ?ってそうじゃなくて!」
「今度は何?」
「…あたし、松下美海にも圭ちゃんが好きだから邪魔しないでって言ったよ。」
「…はぁ…。」

 妹が読んでいた少女漫画を見せつけられたことを思い出す。こういうヒロインの邪魔をするキャラクターは腹立つ部分もあるけど好感が持てる部分もあると言っていた。そのキャラクターと玲菜が被って見える。確かに潔く正面突破していく玲菜の姿は一途で真摯だ。

「そしたら松下美海は何も言わなかった。恋は怖いって。圭ちゃんに恋愛感情は抱かないって。」

 わかっていたことだ。彼女が自分に対して恋愛感情を抱いていないことなど。そして自分もまた同様であることも。それなのに、自分と彼女以外の人間にそのことを言葉にされると何だか妙に重く聞こえてしまう。

「あたしが圭ちゃんの彼女になるって言ったら嫌なんて言わなかった。」

 自分が知り得る限りの美海の性格を考えれば、その反応は至極真っ当だった。松下美海が人の恋路を邪魔するはずがない。
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