10回目のキスの仕方
「本当に迷惑だったら関わることすらしないでしょ。美海ちゃんがどういうことをして迷惑をかけたって思ってるのか知らないけど、でも、本当に厄介だなって思ったら関わらないよ。きっかけはどうあれ、気になったから声を掛けるし、放っておけないって思ったから近くにいるんだと思うけど。」
「……。」

 こんなにも自分に対して都合よく、物事を考えて良いのだろうかと不安になる。圭介と少し話せるだけで充分だったのに、それ以上を望んでも良いのだろうか。何かに良いと言ってもらえなければ進める気もしない。

「君の言葉で聞かせてって俺は思う。何を言われて、何を言ったのか、君がどんな性格なのかも相手がどんな人かも知らないけどさ。でも、気持ちが整頓できていなくても、結局は振ることになっても振られることになっても、何を思ってそうだったのかは教えてほしいかな。」

 『それで諦めるかどうかは個人の問題だしね。』と付け足された言葉も、美海の心に深く響いた。

「とまぁ、真面目な話はこのくらいにして飲もう!嫌なことも飲めば忘れる。はい!」

 勢いよく注がれてしまっては飲まないわけにはいかず、美海はグラスを持った。ぼんやりする思考は加速し、瞼が少しずつ重くなってきた。そして美海はゆっくりと意識を手放した。


* * *

「言いたいことだけ言って寝落ちさせるなんて、あんたも大概悪い男。」
「襲う気ないんだからそう言わないでって。」
「…こんな無防備な顔、見せられちゃったら女の私でもたまんないわ。」
「ね。美海ちゃんってこういう顔、あっさり見せそう。浅井さん、だっけ?相当我慢したんだろーなー。」
「ね。でも、美海ちゃんを優先してくれたんでしょ、きっと。だから美海ちゃんは身動き取れなくて苦しい。」
「苦しんでるんだ。」
「浅井さんと少し話すだけで、ほっぺ赤くてさ。見てるこっちはわかるのに、本人たちだけわからない。浅井さんがどのタイミングで自覚したかは知らないけど、美海ちゃんはまだわかっていない。」
「疑いようもなく、『好き』だね、そりゃ。」
「うん。でも、好きだから言えないって気持ちも、全く分からないって言うつもりないのよね私。」
「好きだったら傍にいたいってもんじゃないの?」
「…それは、まぁそうなんだけど。」

 福島は曖昧に返事をした。好きだから一緒にいたい、一番近くに。そう願う気持ちも、その気持ちに伴う行動もわかる。だが、好きだと、大切だと自覚して傍にいてそれが長く続かなくなったとしたらという不安も否定できない。

「大事なものを失うってことを、美海ちゃんは怖がってるのかなぁ。」
「失う怖さが手に入れる喜びに勝るって感じ?」
「…今日はやけに頭が冴えてるじゃないの。」
「まぁね。…でも、だとしたら。」

 『かーなーり、切ない展開』

 そう呟いた大倉の言葉に福島は盛大に頷いた。大きな不幸は訪れないかもしれない。だが、それと同じように大きな幸せも訪れない。

「怖くても、手を伸ばしてほしいって思うのは大人のエゴね。」
「年取りましたなーお互いに。」

 福島と大倉は顔を見合わせて笑った。
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